あぁ、雨だ
ぽつりぽつりと僕を濡らしていく
あぁ、雨だ
ぱらぱらと僕を濡らしていく
あぁ、雨だ
生命の鼓動を感じる
あぁ、雨だ
生命のゆくを感じる
通り雨
ポツ、ポツ。と、鼻先に冷たい粒が落ちてきた。
やがてそれは、大粒の雫になり、買い出し帰りの真司の頭に降り
そそいだ。
「やっべ」
パーカーに付いていたフードを被り、バシャバシャと自宅への家路
を急ぐ。
と、微かに真司の耳を掠める声。
「・・・?」
はたりと足を止め、その音に耳を澄ます。
「・・・お前かぁ」
道路脇に放置されたダンボールを、真司は切なげに覗き込む。
張り紙には、『拾って下さい』と書いてあって、小さな、小さな
白い子猫が、心細げににぃにぃと鳴いていた。
蓋も無いそのダンボールで、覗き込む真司の顔を、必死に、訴え
るように見つめている。
「もう、大丈夫だからな」
真司はふるふると震える猫をを優しく抱き上げ、パーカーの中に
導いた。
その膨らみを片手で抱えるように抱きしめて、もう片方の手にス
ーパーの袋を握り締め、雨の中を走り出した。
「ただいまー!」
「おかえり」
自宅マンションに入ると、長身で無愛想な同居人がタオルを持っ
て奥から出てきた。
「サンキュー蓮。でもその前にコイツ・・・」
真司のパーカーの首の穴から一緒に首を覗かせた子猫は、にぃと
小さく鳴いた。
蓮は真司の頭にタオルをかけてやりながら、眉を寄せる。
「何だそれ」
「うん、捨てられてたんだ」
「捨て猫か」
「うん。可哀想だろ?」
真司は子猫を抱き、ぐるぐると回した。
子猫は、にぃ。と嬉しそうに鳴き、真司の頬にすりすりと頬擦り
をした。
「しかも、可愛いし!」
「お前」
「今日から俺達の家族なんだぜ!」
「・・・」
蓮は真司が嬉々として差し出した子猫を見つめ、一瞬眉を寄せ、
しかしすぐにいつもの顔に戻り、言い放った。
「捨てて来い」
「なっ!」
真司はあからさまに嫌な顔をし、これには、ご立腹のようだ。
蓮はため息をつき、「後悔するなよ」と呟き、奥へと戻って行った。
「・・・?変な蓮」
さぁ、風呂入ろうな〜vと、ご機嫌よろしく言う真司に、子猫は
にぃ。とやはり嬉しそうに鳴いて、真司の胸に顔をすりよせた。
「〜♪」
ご機嫌に子猫の身体を洗ってやり、十分に温まったところで、
蓮を呼んで子猫を任せる。
その後、自分の身体も洗い、身体を温め、湯船から出た。
「名前何にしようかなぁ・・・うーん、白いから、シロ・・・?」
安易すぎるって蓮に馬鹿にされそう・・・なんて思いながら、真
司は部屋に向かう。
今、蓮とシロは一緒にいるはずだ。
「蓮と一緒・・・」
180以上もある巨体の蓮があの小さな子猫と戯れているのを想
像して、思わず吹き出してしまう。
怖いもの見たさからか、真司はそっと、部屋のドアの隙間から、
中の様子をうかがう。
「・・・」
ベッドの上、丸くなる子猫を、優しく見つめ、その背を撫でてい
る。
そんな蓮の姿があった。
「・・・」
吹き出すなんてとんでもなかった、あんな優しい顔、めったに見
られない。
真司は一度扉を閉めてから、改めて扉を開けた。
「蓮、その猫の名前決めたっ」
「名前?」
「うん!シロ!」
「・・・安易だな」
「ほっとけ!」
やはり、呆れたように笑う蓮に、真司は唇を尖らせる。
そして、自分のベッドの上寝転がるシロを抱き上げ、額に接吻けた。
「真っ白だな〜♪あ、蓮、風呂どうぞ」
「ああ」
蓮は頷くと、風呂へと向かった。
ご機嫌な真司は、蓮のベッドに腰掛け、シロと見詰め合う。
「可愛いなぁ、お前」
にこにこと話かける。
「お前の名前はシロだぞ」
言えば、にぃ。と目を細めて鳴く。
「そんで、これから俺達家族だからな!」
言えば、やはり、にぃ。と目を細めて鳴いて、真司の鼻先をぺろ
りと舐めた。
「くすぐったいって」
笑って、暫し猫とじゃれ合う。
そうやっていると、もう1人の部屋の主が、風呂から戻ってきた。
「何をしてる」
「遊んでんの」
さも当たり前のように言ってのける真司に、蓮は額を押さえ、た
め息。
「馬鹿が」
「何おう!?」
「馬鹿に馬鹿と言って何が悪い」
「馬鹿って言った方が馬鹿なんだぞ!」
「そう言うところが馬鹿だと言ってるんだ」
ぎゃあぎゃあと言い合いを続けていると、シロが「ふぁ」とあく
びをした。
それに気づき、真司は微笑む。
「もうどっちでもいいや」
真司は蓮を真剣な顔で見つめ、「なぁ」と切り出した。
「いいだろ?」
駄目だ。と言う言葉が、蓮の口から出てこない。
蓮は本日何度目かのため息をついて、両手を上げた。
「俺は知らんぞ」
「・・・っうん!」
真司はシロを大事そうに抱え、嬉しそうに布団に潜る。
蓮はそれを切なげに見つめて、やはりすぐにいつもの顔に戻り、
2段ベッドの上へと上った。
「おやすみ、シロ」
にっこりと微笑んで、真司はシロの額に接吻ける。
「おやすみ、蓮」
「おやすみ」
シロはにぃ。と小さく鳴いて、真司のそれを真似るように、真司
の鼻先をぺろりと舐め、真司の腕の中におさまった。
くすくすと笑って、2人と1匹は、目を閉じた。
なんだかとても、温かかった。
目を覚ますと、既に蓮の姿は無かった。
腕の中にいたはずのシロもいなくて、きっと蓮と朝ご飯だろうと
思い、真司はベッドを出た。
「っわ」
「っ」
扉を開けると、ちょうどそこには蓮の長身があって、真司は驚く。
「おはよ、蓮」
「ああ・・・」
心なしか、沈んでいるようにも見える。
真司は首を傾げ、蓮の足元を見た。
「あれ?蓮、シロは?」
「あ、ああ。アイツは猫を飼ってくれると言うヤツに引き取っても
らった」
「え!?」
「言ってなかったか?俺は猫アレルギーだ」
「・・・そっか」
そうだよな。と、真司は寂しい気持ちを胸に抱きながらも、それ
でもあの子猫が幸せならば、と頷いた。
「お前が騒ぐと思ってな、寝てる間に迎えにきてもらった」
「む。俺だってなぁ」
そして、いつもの言い合いが始まり、朝食のパンの焦げる匂い
に気づくと、それは打ち切られた。
真司も、それで納得していた。
あの、悲しい証を見つけるまでは。
「・・・?」
何の気無しに、真司は愛車(ズーマー)の洗車をしてい
た先で、あるモノを見つけた。
注意深く見なければ、見つかりそうもないところだった。
木の根元に、ふっくらと盛られた土。お線香が一本。
そしてそこに立てられた、割り箸。
「・・・っ」
割り箸には、サインペンで『シロ』と書かれていた。
「嘘、だろ・・・っ・・・」
ごとりと、ホースが落ち、その衝撃で、真司に水がかかる。
「嘘、嘘だ」
だって、蓮は、飼ってくれる人が引き取ってくれたと。
迎えにきてくれたと。言っていた。
「嘘だろぉ・・・」
蓮は、知って、わかっていたのだろう。
あの子猫の、先が長くない事を。
だから、捨ててこいと言ったり、後悔するなよと言ったり。
時折、切ない顔をしていたのだろう。
「・・・っく・・・」
言ったくせに。
どうしてそんなに優しい嘘をつくのか。
あんなに優しく、子猫の背を撫でたのか。
何故、自分だけが悲しみを背負おうとするのか。
「蓮の、馬鹿や、ろ・・・」
真司はその場にうずくまり、ポロポロと溢れる涙を止めようとも
せず、嗚咽を漏らして泣いた。
「ぅ・・・く・・・」
あの小さな生命は、消えかかるその時に、何を思ったのだろう。
あの子は、幸せだっただろうか。
少しの間でも、幸せだったのだろうか。
この温もりを、少しでも分けてやれただろうか。
「シロ・・・めんなぁ・・・」
わかってやれなくて。
真司は泣き顔を子猫の眠っているだろうソコへ向けて、土をひと
撫でした。
「シロ・・・シロ・・・」
あの晩、幸せを感じてくれていたことを願う。
小さな生命を精一杯ふりしぼって、自分を振り向かせた子猫が、
幸せだったことを。
温かだったことを。
「元気でな・・・」
真司は手を合わせ、目を閉じる。
「今度生まれ変わってきたら、最初っから俺が可愛がってやるから」
ポロポロと、雫が流れ落ちるのを我慢して。
ホースの水は止まっていて、いつのまにか、蓮が後ろに立ってい
た。
同じように真司の横にしゃがんで、手を合わせる。
「・・・」
そして、唇をかみ締めて絶える真司の頭に手を置く。
すると真司は、蓮の胸に顔を埋め、子供のように泣きじゃくった。
蓮は何も言わず、その背をあやすようにたたいた。
END
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