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consonance




「…あれの方が、余程マシじゃ無いか…。」
「は?」

 空気の撓んだ様な昼下がり。いつもの感覚を殺した声が聴こえてきた。此処は軍師の部屋で、其の声の主はと言えば部屋の住人のシュウ。
 シュウはフィッチャーが先程から様々な書類にセカセカと署名捺印している傍らで、何もせずにいた。正しくは、何か窓の外に興味を引くものがあったらしく、彼は飽きもせず押し黙ったまま整った顔を下界に向けていたのだ(彼の部屋は城の最上階である)。それで、フィッチャーはそんな軍師の様子を見乍ら(また脳味噌ブッ飛びモードになったのか、天才軍師ドノは。…何、他人も側に居る事だし、その内飽きてコッチの世界に帰ってくるだろう)と考え放っておいたのだ。
 下手に此の紙一重野郎を刺激する事も有るまいて、など考えつつ。無駄口大王の称号(無論シュウが付けた綽名である)を持つフィッチャーにしては珍しく、彼は黙々と自分の仕事をこなしていたという訳であるが…そこに突然、此の台詞である。

「アレって?」
「…………。」

 シュウは、問いを返してきた中年の方を振り向きもせず、また何も云わなかった。
 軍師は、いつもフィッチャーと二人だけの時はこのような喋り方をする。”別に会話を求めていない、強いて構うな”といった憮然とした態度である。 …だが、フィッチャーはこんな時のシュウが丸っきり感情と行動を反比例させる事を知っている。

「なんですよ。…何かオソトに面白いものでもあったでちゅか〜?」
「…その話し方を止めたら教えてやる。」
「はいっ!今スグやめるでアリマッス!!軍師ドノ!!!」

 すかさず背筋を伸ばして敬礼ポーズをとったフィッチャーを軍師は一瞥し、再びそっぽを向いた。

「……馬鹿め。ふざけた話し方しか出来んのか、お前は。」

 口先が尖ったシュウの表情が、中年男のいる方向から少しだけ見て取れる。フィッチャーは無精髭を撫で乍ら思わず込み上げてきた笑いを抑えた。

(…はーいはいはい、予想通り。楽しそうに減らず口を返す事!拗ねちゃってまァ、可愛らしい。)

…”綺麗”という言い方なら未だしも。傍から見れば仏頂面にしか見えない軍師の顔を”可愛い”という形容詞で表現するあたり、もしかしたら同盟軍の筆頭外交官の目はかなりおかしいのかもしれない…。
 しかし、”シュウは構って欲しい時ほど感情と行動を反比例させる”というフィッチャーの考えは間違ってはいないとみて、 シュウはそっぽを向き乍らも中年男の”ふざけた話し方”にいちいち言葉を返していた。矢張り軍師は、フィッチャー風に言うと”オハナシしたいトキ”らしい。
 思った事を素直に言う事に余りにも慣れていないので、過剰に突っぱねたフリをしてしまうのだ。…悲しいかな、中年のおっさんはしょっちゅう此の捻くれ者と顔を(ついでにカラダも)突き合わさせられているお陰で、さても此れがシュウの甘え方である事を知っているのである。

「で?何が見えるんですよ。」
「…………。」

 駄々っ子は、しつこく無言で返事をする。シュウもシュウで、こんな風に自分が黙っていたら、絶対にフィッチャーからは会話を断ち切ったりしないのを知っているのだ。自分が無言で以て先の会話を促す事を中年男は知っている事に気付いているのである。……おそらく、無意識の内に。

(も〜…せめて『外を見てみろ』くらいは言えんかね、コノ子は。)

 強情にコマンド”だまる”を駆使し続けている驕児を前に、中年男は仕方なくペンを置き、窓際で腕を組んで突っ立っている軍師の側まで寄っていった。そうして軍師が先程から眺めているものが何であるのかを確かめようと自分も窓の下を覗き見た。……通りに幾人かの人間が歩いておりフィッチャーの目にはこれといって変わった処も見受けられない、いつもの風景が映っただけだった。

「まぁ、戦時中にしてはのどかな雰囲気ですなぁ…で?これが何か?」
「………。」
「目的勾配が広すぎて、貴方が何を見てるのか判りませんよ……ね〜、いい加減オシエテください、シュウ殿ぉ」

「……クマ男だ。」

 フィッチャーのわざとらしい媚び声に、シュウはボソリと呟いた。 見ると、少し広めの芝生の上でクマ…もとい、ビクト−ルが数人の子供達と戯れていた。子供達は棒切れを持って何やら楽しそうに飛び跳ねている。剣の稽古でもつけてやっているのだろうか。

「ん?…ああ、ビクト−ル殿ですね…子供と遊んでるみたいですな…あ!アブなっ…!」

 石畳に頭から盛大に転びそうになった子供がいたのでフィッチャーは思わずハッとしたのだが、ビクト−ルがその子供の腕をすかさず掴んで転倒を防いだので、直ぐに胸を撫で下ろした。

「…お前、子供は好きか。」

 軍師は唐突に言葉を出す。が、此れが、ある程度親しい人間と対峙している時のシュウの癖なのである。フィッチャーは(そりゃお前をしょっちゅう相手にしてる位だから)と心の中で言い、「…まぁ、嫌いでは有りませんがね」と、声に出して応えた。

「俺は、さっきあのガキが転びそうになっても別に危ないともなんとも思わなかった。俺はあのガキの側にいたとしても…手を貸さん。多分。」
「や、でも、目の前で怪我されたり泣かれたりしたら、嫌でしょう?強いて見たい光景でも無いでしょ?」
「別に嫌では無い。勝手に転んで勝手に血塗れになって馬鹿な奴だ、と呆れはするかもしれんが。」
「…子供嫌いなんですか、貴方。」
「別に子供が、と言う訳では無い…ただ、厚顔無知で五月蝿くて、他人を煩わせるしか脳が無い様な馬鹿が好かんだけだ。」
「…う…なんかソレ…私には耳が痛い台詞の様な…」
「…ふん…確かにお前は五月蝿いし、図々しいな…まあ、辛うじて莫迦は時々だが。」
「あーもー!結局私の事が嫌いだと言うオチですか?」

 フィッチャーとて、いつでも温厚ではいられない。仕事が混んでいて早くそちらに取り掛かりたい事もあり、さっきから結局何が言いたいのか判らない目前の男の言葉に少し苛立って、話を強引に終わらせる様な言葉を出してしまった。(あ、ちょっときついな)と本人が思った時…駄々っ子は、怒った様に呟いた。

「だから…俺は、アレの…子供の何が可愛いのか、判らんのだ。」
「……。」
「俺は…将来子供が笑ったりしている世界を見たくて、戦争をやっているのでは無いのだ。他人を守りたいから世界を平和にしたいんじゃ無いんだ。…俺は、俺の為だけにこの世界を動かしてみたいんだ…………それをヒトは”罪悪”と成す…。あれが…あんな風に子供や人間を慈しむ事が出来る人間が、本当は俺の立場になればいいんだ…そう、考えていた。…正しい考えだと思うんだが、違うか…?」

 ヒトは、戦いの正当性を言い訳の様に掲げる。未来に繋ぐ為に自分が頑張っている、良き世界を構築する為に戦っている。だから正しい、と言う。
 しかしシュウは、別に未来に希望を託しているのでも無ければ、誰かを守る為に”戦争”をやっている訳では無かった。今自分が軍師をやっているのも、罪の無い子供を半ば生贄とも言える強引さでカリスマ的シンボルに仕立て上げてしまった事も。


 一人の人間に近付きたかったから。


 倫理も無く、正義も掲げず。
 シュウは、自分が好きになった人間の気持ちが少しでも理解出来たらいいと考えたのだ。

(あの人の気持ちが判りたい)

 それだけを理由に、世界を動かし、己の言葉一つで他人の命を左右する立場を選択したのだ。
 自分の個人的感情だけで幾人もの人間をコマの様に使っている。
今自分が眺めている子供も、コマとして使うか。…使うだろう。使えてしまうだろう…其れが自分にとって必要だと感じれば。
 俺は、自分以外の人間を、いや、自分すら簡単に捨てる事が出来る。しかも先生はその事に傷ついていたのに

俺は傷つけない…。


 自分以外の人間なんか、どうなったっていい。
 自分が必要だと思うもの以外は消し飛んでしまえばいい。

……………いや、もう消し飛んでしまった……。

だから、こんな世界なんか。どうとでも成ればいい。

醒め切ってしまった。

いいのか、これで。
これが
こんなのが、俺なのか。


 シュウは、誰をも愛し、何か守るものの為に戦うビクト−ルという人間を見て、自分はあんな人間に成れないと、そんな事を考えていた。自分の考え方は、この世界では不必要に感じた。…なのに、他人は悪意も無くシュウの”知識”だけを必要とし、また自分も求められているのが自分という人間では無いのを知っているのに、こんな所で軍師なんかをやっている…。

 うんざりだった。

「俺の知識だけが必要だと言うのなら、ビクト−ルの様な奴にそいつを叩き込んで教えてやる。その方が”世の中の為”になるというものだ。」
「…ヒトには、その人の役目が有るでしょう。」
「俺の知識が要るのなら、そんなもんはくれてやる…!だから…」

もう うんざりだ。こんな世界は。

「だから?だからなんだって言うんです。…あのね、シュウ殿。貴方の周りの人間全てが、貴方の軍師としての知識や才だけを必要としているとは限らないんですよ。」
「ふん…だったらお前、俺の知識以外の何かが必要だとでも言うつもりか。」


「…貴方のそういう子供っぽい所、いいなって思いますよ。…少なくとも私はね。」


 莫迦にしているのか本気なのか判らない台詞に、シュウは訝しい顔で相手の顔を見た。
 フィッチャーは相変わらず読めない表情の侭、窓の外を見ていた。

「よく、見てみなさい。…可愛いもんですよ?…ほら、一所懸命走ってる…。」

 フィッチャーは優しい声で呟いた。
 子供の純粋さ。其れが、此処から見ていても伝わるほどに、子供の顔は輝いていると、フィッチャーは思うのだ。
 只自分の為だけに輝く事が出来る人間に、フィッチャーは少しの嫉妬を覚える。…其れがもう出来なくなってしまったほど、擦れて打算的になった自分を知っているから。
 しかし、子供は其れすら意にも介さぬ希望を無闇に小さい体から溢れさせるのだ。脅威ではないか。凄いではないか。あの、小さい体は無限の可能性と愛情を(制御不能とはいえ)溢れさせる物質なのだ…。

「ふん…何処が可愛いんだ。」

 フィッチャーがそんな事を考えていると、にべもなく隣人の声が聴こえてきた。”あの子供とシュウは似たり寄ったり、可愛いもんだ”と言われていると感じたのか、シュウの「どこが」は、自分を否定する様な響きがあった。

(…ははは、そーいう、自分の事になると超絶的に鈍いところがだっつーの…)

「シュウ殿。」

 まるで不意打ちの様に一瞬の隙を衝いて、フィッチャーの口がシュウの口にあたり、直ぐ離れた。

「…何をする、この莫迦め」
「貴方だっていつもいきなり襲いかかってくるじゃ無いですか」
「…なんだ、襲って欲しかったのか?」
「ふがっ!」

 軍師は意地の悪い笑みを洩らし、フィッチャーの頭を掴んで自分の方に引き寄せ、噛み付く様に口を重ねた。

「…んが…ッ…(乱暴な…)…貴方さっき…わ、私の事、莫迦っつったじゃ無いですか…んっ…」
「ほう…ちゃんと、聴こえていたのか、この莫迦」
「…何で莫迦の私と、……こんな事、したりするんですか…?」

「ふ…… 俺は  …優しい、からな。お前から んっ…、こうやって、…バカエキスを、吸い取ってやっているのだ。お陰で随分バカが伝染したと我乍ら思うくらいだ…くくくっ…」
「ふーん…じゃ、私もアナタから吸い取ってあげましょうかね。」

 小さく笑って一息つくと、フィッチャーは再びゆっくり、しかし今度はさっきよりも激しく口を重ね直した。暫くして漸く口が離れると、そのまま首筋から耳元にシュウは唇を這わせ乍ら尋ねる。

「何を吸い取った…」
「ふふん…あ−、オイシカッタ〜っと。…くくっ!」

 フィッチャーはその問いには応えず、相手が自分の躯をまさぐるのに身を任せていた…が、艶を含んだ声が少し洩れると、我乍らそれが可笑しかったかの様な笑みを含んだ声で囁いた。

「”オコチャマエキス”ですよ。」

 ヘラヘラ笑っている中年男を、シュウはジロと睨んだ。

「…美味かったか。」
「…言ったでしょう?私は、オコチャマ、嫌いじゃないって。」
「フン……そうか。じゃあ、下からも目一杯注いでやる。感謝しろ。」
「な、おわ…っ…し、下のソレは、…ア−、う−、オニ!鬼エキスっしょ!そんなもんいらな…あア〜!」
「何を言う、たんぱく質だぞ…栄養たっぷりじゃないか」
「う…っげー!!なんっておやじくさい…!ヒワイ〜!!」
「それもな、お前のが伝染ったんだ。お前が悪い、責任を取れ!」
「やめ…う、上も下もホドホドがいいと……あっ…ト!」

  シュウは、そのままグイグイと窓の左手にあったベッドに、フィッチャーを押す。フィッチャーはよろめきながらベッドに倒れこんだ。と、軍師の躯は覆い被さる様一緒に倒れこんできて、塞がれていた口の中でガチッと歯の当たる不粋な音がした。

「うー」

 小さく呻いたシュウの口が、少し紅くなっている。お構い無しにもう一度重ねてきた形の良い唇から、覚えのある味を、フィッチャーは感じた。………鉄の味。
……そして。

「あ…。」

 フィッチャーは驚いた。

(そう…そうだ。シュウは…倒れる人間に”手は貸さない”。)

……けれど、”一緒に倒れこむ”のだ。


 己が傷つく事も厭わずに。
共に血を流すのだろう。
そうして ”馬鹿め”と…言うのだろう。

 なんて、不器用。

 なんて、いじらしい。


「…うーん…ある意味、スゴイ…」
「何がだ?」
「…ふふ…貴方のワガママっぷりが。スッゲーすっげぇ〜。ハハハっ…。」
「…笑うな、阿呆。」
「はいっ!!ヨガっておくでありまっす!!
あ、あ、あ、あァああ〜〜ンv…こんな感じで宜しいでありましょうかッ!軍師ドノっ!!」

 フィッチャーはズボンを脱がされつつあるのに、横たわったままビシと背筋を伸ばして”敬礼ポーズ”をとった。

「…ぷッ…ククッ…お前、それ最近気に入ってるのか?」
「ソレとは何でありましょうかッ!軍師ドノ!自分は莫迦なので、解りませんッ!!もースコシ、バカエキスを吸い取ってもらっ…わっ…んっ…フっ…ァ…」

 漂っていたシュウの白い手が、フィッチャーの手のひらに触れた。待っていた様に握り合わされた手。そこから伝わるのは体温だけではない様に、フィッチャーは感じる。

 その時、風に乗って微かに聴こえてきた声を、二人の耳は聴いた。
 それは子供の笑い声。

(おい…真っ昼間からこんなことやってる莫迦二匹が、子供に笑われたぞ…?)

「ハハっ…アははは…笑われてる!」
「おい、お前まで笑うな…俺にアホが伝染りそうだ」
「ふひゃはは、ふが、んぅ…っ」
「クク…あの声が聞こえるなら…こっちの声も聞こえていると言う事だな…?」
「んひゃ…ぁッ……ア、ま、窓…閉めましょうよ…!」
「駄目だ。かわりにヨガリ声でも聞かせてやれ…クククっ…!」


 笑い声は暫く続いた。


   終




あまっ!なんじゃこりゃヒ−!!30000hit有難うございますってことで…書いてみました。お目汚し陳謝ス;