なんかもう、凄まじい眼光だった。
なんかもう、なんつうか、そこらのヤクザよりも、
いやいやいや、ヤクザなんかよりもとんでもねえ、ヤっちゃんなんざメじゃねえ、
そんな物騒な眼、
殺気だの迫力だの威風だの気合だのが籠もりまくり、
そらもうテンコ盛で山盛りまくりな眼だった。
なんかもうもう、そこらに居るかもしれねえ熊だの狼だのすらビックラして泣いて逃げてく凄ェ眼、
つうか、いやコラ待てオイ、何で居るんだコラ、そこに居るはずねえじゃんよッ!つう虎だの獅子だのが居ても、
ギッチリとタイマン勝負はっちまうんじゃねえのか、ってなイキオイの、
凄ェスゲエ眼光に面構えな野郎が、ギリギリとサンジを睨み据えながら、
どかどかどかッ!と土方ブーツな足でやって来ていた。
ゴッツいブーツ、マジってもう安全靴なブーツだったが、
その重たそうな頑丈そうなブーツのくせして、その足音は、やけにその靴に較べて小せえ、と、
サンジの機敏な耳は聞きつける。
聞きつけて、警戒をますます強める。
あのゴッツい靴。
あのドタ靴、靴先に重量物が落っこちても足指が潰れねえように金属貼った重てえ靴、
あれを履いてるくせに、あの足音、つうのは、何だ。
あのクソ重たいブーツなんざ楽々と履き運んで、その重さなんざ殺しちまう脚力の持ち主だってことだ、
しかもそれを常時やってのけてるってことだ。
こりゃ、相当にケンカ慣れしてやがる。
それともアレか、本式な武闘慣れか、
もしくはこの眼光だ、いやもう殺人慣れでもしてやがるのか、
い、いやもう、そうかもしれねえ、必殺トラック野郎だったりするのかもしれねえ、
って、うおあ、やばッ!!
いやホントにマジでヤベエ、ヤベエぜ、ヤベエ匂いがぷんぷんしやがるぜコイツ。
歩き方がアレだ、スゲエ無意識だろうに大型肉食獣みてえな筋肉の動きしてやがる、
しかも猫科の大型肉食獣だ、
するりと獲物の近くまで擦り寄って次の瞬間には咽喉笛を裂く、って奴だ、
そんな動きしてやがる、この野郎。
ヤベエぞ、コイツ。
マジで、ヤベエ。
強ェ。
ギラリ、と睨めつけられて、ざわりと背筋がざわめく。
寒さのせいじゃねえ。
そんなもんじゃねえ。
そりゃ寒ィが、おう、シャツ一枚でこの吹きっ晒しの原野の中を昼からずっと歩きずくめで、
疲労で空腹で体温を風に飛ばされまくりなんだ、
正直、ぶっちゃけ、震えるほどに寒くてさぶくて堪らねえが、
それよりもなによりも、眼前に来やがった、立ち塞がりやがった、
とんでもねえ野郎の気迫を感じて、ざわざわと全身の細胞が震え、奮えて、ざわめきだす。
強ェぜコイツは、と、全身の神経が警戒警報をビンビンと発しやがる。
ああ、判ってる、
マイ警戒警報ちゃんよォ、俺ァ判ってるぜ大丈夫だぜ。
そうだろう、コイツぁ強ェだろう、
クソ、強敵だぜ、とサンジはソイツを、兇悪トラック野郎を、負けじと睨みつけながら思う。
いやーっ、なんかもう、やっと原野で遭難状態なピンチを脱したと思ったら、
今度はコレだよ、物騒きわまりねえトラック野郎が出てきちまったよ。うおあ。
オイ、一体今日はどれだけ厄日だコラ、ふざけんなオイ、
絵美ちゃんに捨てられて原野さまよい迷子だけでもかなりにハードな災難だっつうのに、
なんだ? 今度はこのヤバ気な、マジってヤバそうなトラック野郎と対決かよコラッ!
おうああああああ原野で対決かいコラ、荒野の決闘を地で行けっつうのかいコラアアッ、
いやもうマジで文字通り、人っ子ひとり見てねえ原野とくるぜ、
いやいや、さっきのキタキツネくらいは見てくれてますかーッ、もしもーしッ、っとくらあ、
ともかくも、こ、こんな原野で俺ァコイツと死闘を繰り広げるんですかジーザス。
おーう、ジーザス。
勘弁しろや、こん畜生。じいいいざああああすうううう。
つうか、負ける気は無ェがよ。
おう、負けるもんかよこの俺が、
いかにもコイツぁ兇悪凶暴強敵臭ェが、この俺様がどこの馬の骨ともしれねえ野郎に、
いあ、つうか、そのトラックを運転してるトラック野郎と知ってるけどよ、
と、ともかく、こんな野郎に負けて堪るかッ・・!!!
ギッチリとサンジは強面相手にメンチを切った。
キッチリと眼に力を入れ、とんでもねえ眼光で睨みつけてくる奴を、睨み返した。
そうだ、コイツぁとんでもねえ外道じゃねえか、と今さらながら思い出す。
荒野でひとり遭難ってる俺を見殺しにしやがった野郎だ、
クソ、テメエの不届き行為はマジで万死に値するぜ畜生、
テメエの暴挙のせいでこの世界は俺というスーパースター、ミラクル色男・サンジ様を失うとこだったんだぞコラ、
全人類の心の痛手、& これから俺様と出逢うナイスなレディのカナシミをどうして償ってくれるんだオイ、
つうか俺の精神的苦痛に対して死んで詫びろやテメエ、
マジって、おう、クソマジでテメエは赦さん、
キタキツネは避けておいて、この俺をスルーって通り過ぎるその神経を矯正、
いや、強制終了させてくれるぜ、ゴルアアアアアアッ!!!
思いっクソ、ギリギリギリギリリッとメンチを切りまくりながら、ガラ悪くサンジがそう喚きだそうとした時、
ぼそり、とその兇悪トラック野郎が、
「 金 」
と一言、言った。
ア?
思わずイキオイを殺がれ、あ、アレ? とサンジは点眼。
いやもう、どんなギッタギタな恫喝文句や怒号がその口から飛び出してくるかと思えば、
ぼそッと一言。
一言のみ。
なんだか釣られて、アアア? 何だ?とサンジが聞き返すと、
ぼそぼそッぼそッッと、ちゅう形容がピッタリなくらいの無愛想なブツ切り具合で、言われた。
「 金。 金出せコラ。修理代払え」
おお、今度は三言に増えた。
わーいッ、一気に三倍ーっ、三倍増量ーッ、って、
いやいやいや、そりゃ無ェから。
増えたからって何だってんだ、阿呆か俺。
三倍も三杯酢も無ェよ、
つうかなんだそりゃ、オイ、コラ、金かねカネって、
オイオイオイ、ヒトをシカトってイノチの危機に晒しておきながら何言ってやがる、このクソ野郎。
ジロリ、と三白眼で睨めつけながら、サンジは鼻先で、ハッッ!と嗤った。
「金なんざ無ェよ、クソ野郎。
金なんか持ってたらこんなトコ徒歩で歩いてる訳無ェだろうが、アタマ使いやがれスカタン。
金カネかね、って、馬鹿言ってんじゃねえぞコラ、コッチの方が金欲しいくらいだ、
オラ、俺をシカトって放置しやがったくせに、
キタキツネなんぞを庇いやがったなこのクソ野郎ッ!
この鬼畜行為の人道的な責任はどうとってくれやがんだテメエ、
慰謝料100万ナンボじゃきかねえぞ、あーあーあーココロの傷が痛ェなあ、っとくらあッ!!」
べらべらり、とイキオイよくサンジがマシンガントークなケンカ売り口上を叩きつけてやると、
鈍そうなコイツも流石にムっとしたのか、
んだと? と低く唸った。
「・・・払えねえってのか」
「おお、払えねえ。
払える訳ねえ。
つうか払えてもテメエにゃ払わねえ。
ていうか払え。
テメエが払え、払いやがれクソ野郎。
テメエの非道をカネ払って詫びろ、そっちの方が先決だ、オラ払え、
テメエが俺に慰謝料払ったら、その中から100円、おっと消費税込みで105円呉れてやるッ、
ありがたく思いやがれってんだッ、この極悪非道なキタキツネラバー野郎ッ!!!」
フンガア! とばかりに、サンジは喚き散らして、ぐぐぐぐ、と睨みつけた。
腹巻男はマジでブッ殺しそうな眼でギリギリとコッチを睨みつけていたが、
やがて、
クソ、払えもしねえ野郎に余計な時間喰われちまったぜ畜生、殺すのも手間だ、
とかさりげなく物騒きわまりねえことをブツブツ言いながら、
クルリと、
そう、至極アッサリとサッパリと、背中を向けた。
エ。
アレ、とタイマン勝負を予期してバチバチにケンカモード万全態勢だったサンジは、
一気になんか拍子抜け。 一気に肩透かしられまくり。
いやもう、レースみたいに網みたいに、
サンジの好きなスケスケえっち下着の中の乳首みたいに、スッカスカに肩透かしられまくりィ。
え、あ、アレ、かかってこねえのかよコラ、
なんだよ、俺ァてっきり荒野の決闘ちっくに
「勝った方がトラックとキタキツネを取る」
とかやるのかと思ってたのに、なんだよ期待ハズレ、
いやもとい、予想ハズレじゃねえかクソ、
それに、おっとしまった、キタキツネは要らねえよ、俺ァキタキツネラバーじゃねえんだ悪ィけどよ、
つうかキツネの毛皮なんぞより、赤いきつねor緑のたぬきが欲しいくらいです、腹減ってるんです、
そうそうそう、遭難しかかってたんでマジって腹ペコなんです、
って、
あ、あああ、アレ、
ああああああああッ、ひょ、ひょっとして、オイ、コラ、待てオイ、
な、なんか、奴に、スタスタとトラックへと帰られてんですけど俺、
なんだかトラックのドアを開けてんですけどアイツ、
ていうかオイ、ま、待て、なんだ、そのなんだ、俺を何で再度シカトしてくれてんだコラ、
い、いやマジで待て、待て、待て待て待てまて、ま、マジで俺のこと路傍に置いて出立しようって気が満々じゃねえか、
ていうかなんだ、そのなんだ、マジって俺のことなんざもうスッキリと意識に無ェ、ってツラじゃねえか、
コラ待て、
乗せろ、
そのトラックに俺を乗せろ、乗せやがれ、
コラアアアアアアアアッ、こ、この俺をココに置き去りに、
この原野遭難状態に放置したまんまで行くんじゃねえッ!!!!!!
だだだだだだッ! と慌ててハイパーダッシュして、サンジはトラック野郎に追いすがった。
トラック野郎はそのゴツいブーツを座席に引き上げてるトコで、
脚を引き上げ終わったら、サクリと出発する気満々、出発する気100%ってな顔だった。
つうか、サンジのコトなんざ、道端の石コロほどにも気にかけていねえ、ってツラだった。
駆け寄ってそのトラックのごっつい鉄板のドアをがしッ!と掴み、
ハアハアと息を切らせながら睨みつけると、
腹巻野郎はジロリと睨み下ろしてきた。
ンだよ、と低い唸り声。
その不機嫌そうな、物騒な声に負けないように、サンジもぶすくれた声で言う。
「乗せろ」
「アア!?」
「次の町まで乗せろ。
テメエの非人道的行動は国連に訴えてスカッドミサイル撃ちこんでやりてえくらいに赦し難えコトだが、
この際だ、寛大な俺様は見逃してやる、
ブラボウにも慰謝料請求しねえでおいてやる。
だから乗せろ、それが慰謝料代わりだ、
乗せろ、乗せてけ、
俺を運べ」
「冗談じゃねえッ!
つうか次の町なんざ、いつ着くのか判りゃしねえのに、
テメエみてえな碌でもねえ、胡散臭ェ奴を乗っけてられるか!」
「胡散臭さじゃテメエの腹巻臭のが遥かに上じゃねえかこの野郎ッ!
って、エ、オイ、今なんてった、
次の町にいつ着くのか判らねえだとッ!?」
「おう。
つうか、次の町ってコッチの方向に行きゃ着くのかよ、
コラ知ってんなら教えろ阿呆」
「アアア!? て、テメエ、コラ待てオイ!
まさかテメエ、迷ってやがるのか、迷子なのかコラアアッ!」
「迷子言うなッ!
目的地は判ってんだッ、目的地への道が判らねえだけだッ!」
「もれなくソレを迷子と言うんじゃねえかッ、阿呆んだらァァァッ!!!!!」
トラックのドアを引っ掴み合いながらの、阿呆丸出しちっくな罵りまくりに叫びまくり。
そうこうしてる間にも、陽はとっぷりと暮れていく。
街灯なんざ無ェ、真っ暗な、ただただ長い長い、クソ長ェ、果てしもなく長い道、
そして、ひろいひろい原野にとおいとおい山脈へと繋がる地、
そんなものをがっぽりと包み込む空、
それがぐんぐんぐんぐんと暗くなっていく。
昏くくらくなっていく。
ア、という間もない、ありゃしねえ、
秋の陽は釣瓶落とし。
怒鳴り合ってた二匹の阿呆、その阿呆の睨み合う顔を照らしていた残照が、
みるみる消えていく。
山の端にかろうじて引っかかってた太陽が、ふわり、と完全に山並みに隠れれば、
もう真っ暗。
慣れない土地で迎える暗闇は警戒すべし、もう無茶苦茶に警戒すべし、
と、神経がまたもや警戒警報をビンビン鳴らす。
暗くなるにつれ、辺りは闇に溶けこんでしまう。
野が消える。
ただの闇になる。
山も昏いぼんやりとした影になる。
道路も、例外ではない。
街灯なんざ無い、照らすものの無い道は、
とぷりと辺りの暗がりに馴染み溶け込んで、見えなくなってしまう。
ヤベエ、と慌てて、トラック野郎がキーをひねって、エンジンをかける。
ぶろおおん、ぶるるる、と重低音の唸りが腹に重たく響き、ライトが点く。
ぱっ、と奔る、その一条の光だけが、ほそくながく路面を照らす。
その他は何も見えない暗闇が、ぬらり、と辺りに蔓延する。
たちまちのうちに暗く狭まり、奪われてく視界。
どっどどっどっど、と鈍い震動が車体全体にひろがるトラックのエンジン音だけが、
この原野の中で頼れる、唯一のたのもしいものに思える。
その頼もしいエンジン震動に、ドアも震える。
そのドアを離すまいとひっ掴みながら、サンジは喚いた。
「判った! じゃあ俺がナビしてやる、道案内してやるッ、
だから次の町まで乗っけてけ!
つうかマジでココに俺を置き去りにしてみやがれ、
テメエの枕元に毎晩毎晩律儀に立ってやるッ、
ああもう宿題忘れたガキみたく、水の入ったバケツを持って立ってやるからそう思えッ!
テメエが寝入りそうになったトコでバシャアッ!とバケツひっくり返して、擬似お漏らし状態にしてやるッ!
ざまあみろッ、失禁びしょびしょ布団を干す恥ずかしさに震えやがれッ、この外道ッ、外道迷子ッ!」
「阿呆かッ! 冗談じゃねえ、なんでテメエなんざ乗っけなきゃならねえんだッ、
降りろッ! 乗るなッ、乗ってくるんじゃねえッ!
カネも払えねえような奴を乗っけられるかッ!」
「じゃあ着払いにしやがれッ!
だああああしょうがねえッ、こうなったらテメエの目的地までナビしてやるッ、
それでもってその分の時給をさっぴいて、それから俺の慰謝料をさっぴいた額を請求しやがれッ、
つうか俺への慰謝料の方がどう考えても多いッ!」
「うっせえええッ! テメエに払うカネなんざありゃしねえってんだよ阿呆ッ!
畜生、こうなったらテメエをマネージャーに引き渡してやる、
俺の給金からこのクルマの修理代さっぴかれるなんて冗談じゃねえ、
テメエがあの業つくばりから搾取されやがれ、
おし、会社に戻るまでテメエは乗せてく、つうか下ろさねえッ!
オラアアッ、乗れ、乗りやがれッ!!」
ぐい、と首根っこをひっ掴まれて、いや、シャツの襟首を掴まれて、
サンジはトラックの車内、高ッい車高の車内に引きずりこまれた。
げッ、首が絞まるッ! と思う間もなく、どすんッ!と助手席に放り落とされ、
それでもって、
がっしょんッ!
と、小気味いいくらいの軽やかな金属音でもって、手錠を填められた。
でもって、次の瞬間、
がっしょんッ!!
と、これまた再度、小気味のいい軽ッやかな金属音でもって、手錠のもう片方の輪っかを、
助手席側のドア、その把手に、繋がれた。
エ。
え。
・・・・・えええええええええええええええええええええええッ!!!!???
ててててててててて手錠かよ―ッッ!!!!???
あまりにカンタンに猟奇ちっくなブツでもって拘束されちまったサンジが、
その銀色の輪ッかが嵌まった手首をビックラして見つめてると、
口をポカンと開けて見つめてると、
ぶろろろおん、と低い唸り声をあげて、トラックが滑るように走りだした。
ア。
あ、おい、走ってるよ、俺乗ってるよ、トラックに乗り込めたよ、
わ、ワア、原野で迷子って遭難プチ瀕死直前状態からは脱出できたよ、
うん、そりゃできた、できたんだけどもさ、
こ、こりゃあいったい、この手錠拘束状態ァ、一体どうしたコトだああああああッ!!!????
じ、じ、じじじ事態は、す、スゲエ、なんだかすげえ急転落下してねえかコラ、
荒野で野垂れ死に状態は免れたかもしれませんが、そ、そのあの、
ひょっとして、俺ァキチガイ激怒トラック野郎に、非道人道無視的トラック野郎に、
な、なんだかとんでもねえ拉致監禁状態されてんじゃないでしょうか、
ね、ねえ、コレって危機を脱出したって言えるの、
つううか、あのそのあの、一難去ってまた一難どころか、
アアアアアなんだか一難去らずにいつのまにやらスライド一難到来ッ!って感じに見えますがッ!!
あああああああだから絵美ちゃんってば俺のこと捨てないでほしかったのにいいいいいッ、
おおおおおおおお願いだから絵美ちゃんッ、
絵美ちゃんってばッ、お願いだから今すぐ戻ってきてッ、
おまわりさん呼んでッ、
このキチガイどうにかしてッ、て、手錠なんかで俺繋がれちゃってるのッ、
ねえお願いだからピーポ君でもポリ公でもいいからッ、もうなんでもいいから110番してええッ!!!
そっそそそそうだ、そうだ、携帯、
携帯で110番しちゃえッ、た、たすけてええッ!って叫んじゃえッ!
そうサンジは気づいて、必死でズボンのポケットを探ったが、あの小さなカタマリ、
愛すべき文明の利器ちっくなカタマリは、無かった。
そのカタマリは、何故か、隣に座った、兇悪トラック運転手兼兇悪拉致監禁犯の手元に、あった。
ギャア! 返せ!と喚いてサンジが手を伸ばすと、
フン、と鼻で笑ったその狂暴トラック運転手兼凶悪拉致監禁犯は、
ポーイッ、とサンジの手が届かないトラック後部、
何やらゴッソリと小汚いダンボールやらなんやらが詰まれた後部に、携帯を思いックソ放り投げた。
あああああ!
大事な顧客メモリーがギッシリ詰まったマイ携帯の非道な扱いに、サンジが叫ぶ。
ナニしてくれやがるテメエ!
ブッ殺すぞコラアアア!
もういい、下ろせ! テメエみてえなキチガイのクルマ乗ってられるか、下ろせ、下ろしやがれ畜生ッ!
ああああああの携帯はなあッ、大事なメシのタネなんだぞ、ラブのタネなんだコラアアッ、
絵美ちゃんや京香ちゃんや美亜ちゃんや園子ちゃん、その他色々な大事なレディのメモリーがギッシリなんだぞコラッ、
テメエみてえなケダモンが触れていいモンじゃねえんだッ、
クソ、下ろせ、外しやがれこの腐れ手錠ッ!!
ギャアギャアと喚き散らして暴れて、隣の運転席を蹴りまくって、
いっそのこと実力行使だ、ハンドルきれねえようにしたるッ、とハンドルに脚をかけ、運転の邪魔しようとすると、
ギラリ、としろく光るものが、咽喉元に突きつけられた。
「うっせえ。黙れ。
逃げたら斬るぞ」
って。
エ。
え。
な、なんか、冷たいんですけど、あの、こ、これって、
・・・・・・・・エエエエエエエエエエエエエエエエエエッ!!!?????
にににににに日本刀かよ―ッ!!!!!!???????
腰を抜かさんばかりに(いや座ってるから抜かすのは難しいんだが)ビックラしたサンジが、
咽喉笛を狙ってギッチリと突きつけられた白刃と、
その鍔元を握っている手、その手の持ち主、
隣の運転席に座って、片手でハンドル、片手で日本刀を握ってる腹巻野郎を、交互に見やってると、
その腹巻野郎がギロリと三白眼でコッチを睨む。
うあ。
その眼、蒼みがかった白眼と、黒味がかった深緑の瞳孔の強烈な対比、
ギラリと白刃よりもオソロシく光る、そんな眼光を見たサンジは、
自分が置かれた、とんでもねえ事態を悟った。
しまった。
一難去って、どころじゃねえ、一難追加到来どころじゃねえ、
百難、いやそれどころで済むのか、千難か万難かくらいがまとめてきてやがる、
おうああああああッ、しまったッ、マジでこらマズった、
あああああああああああだから絵美ちゃんと旅行に行けるなんて、
嬉しくてうれしくて嬉しすぎてどっか落とし穴必須、みたいな誘いに乗らなきゃよかったのに、
おあああああああ俺の馬鹿ばかバカアアアアアッ!!
い、いやもう、最低。最ッ低ッッ!
マジで最低だよ絵美ちゃん、
俺ァこのキチガイの刀の錆びになって、でっかいどおほっかいどおの露と消えるかもしれませんアハン。
ああああああ。
短い生涯だったなあ、19歳でホストで死んで、なんて、
あああああ俺の予定にゃ無かった死に方だなあ、
あーあーあー、せめてもう一度自分で作ったメシが喰いたかったなあ、
あーあーあーあーあー、北海道のカニも牛もイクラもウニもホタテも、
北海道ラーメンすら喰わないうちに死ぬのかー、
白い恋人たちブラックも食ってねえしなー、
つうか、
あー、次の町まで生き延びられたらいいなー。なー。
もういっそせつなくなったサンジは、キチガイ運転手に声をかける。
咽喉元の刀はいつのまにか引かれていたが、いつコイツが暴挙るか判らねえので、
とりあえずハナシができるうちに、コイツから情報を引き出しておこうと思った。
コトと場合によっちゃ、逃げ出せるチャンスがあるかもしれねえ。うん。
うんうんうん。諦めちゃあかん。舐めたらあかん。
人生舐めずにコレ舐めて、って、天童よしみも飴のCMで言ってるし。
いや飴すらも無い状況ですが、俺もそう言っていいよね、よしみちゃん。ね?
っていうか、逃げ出してみせる、逃げないでおくもんか、
こんなキチガイトラックからはとっとと脱出ってオサラバだぜこん畜生ッ!
「なあ」
「アア?」
「とりあえずは次の町を目指すとしてよー、
テメエの目的地ってドコ」
「群馬」
「ア?」
「群馬県、ってトコに行かなきゃならねえんだよ」
「あー、そぅ。群馬ね、群馬。
で、どっから来たの、北海道のどこら辺?」
「北海道じゃねえ。長崎だ」
「アア?」
「長崎だ、そっから群馬に行くはずだったんだけどよ、
途中でナビが降りちまって、気がついたらこんな山ん中だ、
オイ、ココぁ一体何県だ」
・・・・・・・・・・・何県、って。
長崎 → 群馬
九州 → 関東 で、
どうやったらココに。
どうやったら、何県でもありゃあしねえよクソったれ、ココぁ道だ、北海道だ、なココに。
北海道の、原野に。
「ぐ、ぐぐぐぐぐぐ群馬って言ったらもれなく関東じゃねえか―ッ!!!!
だああああああッ、何をどうやったら関東を東北を通り越して北海道まで迷子になれるんだテメエッ!
ああああああああああああああッ、天才的な迷子がココに居やがるッ、
ギャアアアアアアア神様ッ、どうして俺ァこんなキチガイ兼天才迷子の阿呆トラックに乗らされてるんですかッ、
いやもう間違ってますッ、ああああもう二度とクリスマスなんざ祝わないぜこん畜生ッ、
だああああああああああッ、お―ろ―せ―ッ!!!!!!!!」
「じゃかあしいッ! 迷子言うなああああッ!!!!」
や、やばい。
状況は原野瀕死迷子だった時よりも、加速度的にどう見ても悪化してやがる、
どう見てもどの方向から見ても、あああもう抜け目なくギッチリと、ああもうもれなく、
ヤベエ。
いやもうヤベエ、トラックの中の手錠繋がれ・最悪絶体絶命状態迷子・サンジであった。
3へ。
爆走!トラック野郎×2
〜つうか今年こそカーナビつけませんか社長・物語〜