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Knockはいらない





窓の外を見ると3年生が体育の授業をしていた。
サンジはつまらない数学教師の説明をBGM代わりに、ずっとその様子を眺めていた。

女子がグランドの片隅で走り幅跳びをしている。
女の子大好きで有名なサンジの目は当然そっちを向いているもんだ、と周りの人間は思うだろう。
だがサンジの視線の先は違うところを見ていた。

グランドの中央でサッカーをする男どもの群れの中、目立つ緑の頭がある。
目立つのはその髪の毛の色のせいばかりではない。
やけにボールが集中し、1人目立って活躍していた。

―――何やらせてもかっこいいヤツってのはいるもんだな。

「ふん」と不貞腐れ気味な声を出した。
(そんなんだからコイツは・・・)



「ゾロ先輩かっこいいよね」
「見た?さっきグランドでサッカーしてたわよ。もう!かっこよすぎ〜vv」
「ウッソー!ずるい!私に窓際の席譲ってよ」



ほらな、とサンジは思う。
この教室でこんな会話が聞こえてこない日などないってほどだ。
そして必ずセットになっていることがある。

同じクラスの女子だけじゃない、他のクラスの女子ともサンジは仲がいい。
それはサンジが女の子大好き人間でいつもあちこちにハートを飛ばしているから、ばかりではない。

「サンジ君、ゾロ先輩って家でもあんなにかっこいいの?」
「お兄さんとは家でどんな会話してるの?」
「ゾロ先輩の写真1枚譲って!お願い!」
サンジの周りに女子生徒が集まる最大の理由は多分これだ。

「ゾロのどこがかっこいいって?家じゃゴロゴロしてばっかのただの穀潰しだぜ、ありゃ」
「会話?会話なんか成り立たねェな、人間の言葉なんか知らねェんじゃねぇのかね。全然喋らねェしな。つまんねェ男だ」
「あいつの写真なんか魔よけにしかなんねェよ。代わりの俺のかっこいい写真あげよっか?」

返す言葉はいつもこんなもんだ。

口汚い言葉を吐き出す顔は険しいのに、すぐに目の前の女子共にハートを飛ばしたりしている。
コロコロと替わる表情は、大好きな女子の前ではいつも忙しい。
黙っていればとてもそんな言葉遣いをするとは思えないほど整った綺麗な顔立ちをしている。
輝く金色の髪の毛はいつもさらさらと風になびいていて、さながら王子様のようだ、とも言える。



自分もそこそこにモテる方だが、多分ゾロの足元にも及ばない、とサンジは思っていた。
端正な顔つき、男らしく逞しい身体つき、生徒会では総運動部長なんかこなしていた。
3年になって引退したはずなのに、未だに生徒会連中には頼りにされているらしい。
当然全学年の女子生徒らにモテモテなのだが、同性にも教師どもにも信頼が厚い。
つまり、ゾロは学校中の人気者なのである。

兄弟なのにどうしてこんなに違うのか、と多分ひっそりと言われているだろう。
(遺伝子が全然違うんだ、当然だろ)
サンジはいつも心の中で言い訳めいたことを言うが、それを口に出したことはない。



つまりゾロとサンジは、血の繋がりは全くなかった。
幼い頃、ゾロの母親とサンジの父親が結婚した、言わば連れ子同士である。
1mlも同じ血は通ってない。
だが幼い頃からずっと一緒に暮らしてきた2人はそんなことを微塵も感じないままに育っていた。
血の繋がりがないことなどすっかり忘れてしまうほどに、2人はケンカをしつつも本当の兄弟以上に仲も良かった。
だがそれは今となっては全て過去形である。

いつの頃からかゾロの口数が減り始め、サンジのことを避けるようになっていた。
始めは男によくある思春期とかいう成長過程の一端だろう、などと両親は暢気なことを言っていたが、
サンジにとってはまさに青天の霹靂的な事だった。
一緒に並んでテレビを見たり、風呂に入ったり、時には同じ布団に潜り込んで一緒に寝たりしていたのは、つい最近の話だった。
それは何の前触れもなく、突然だった。
気が付けば自分とゾロとの間には見えない壁のようなものができていた。
しかもそれは無色透明なのにやたらと高くて分厚くて。
壊そうにも乗り越えようにも、その見えない壁は頑なにサンジの前に立ち憚っていた。
時間が解決するだろう、なんてサンジが途中で諦めている間に、その壁はさらに強靭なものになっていった。

サンジも思春期を迎える頃にはゾロのことなんてどうでもよくなる予定だったのに、その予定は微妙に狂ってしまったようだ。
サンジの存在を無視するゾロに腹が立って腹が立って。
(俺がなんかしたかよ!俺がそんなに気に食わないのか!)

だが詰め寄ったところでどうせゾロは自分なんか相手にするわけがない、そう思ったサンジはなんとかゾロの
頑なな態度を崩す作戦に入った。

いくら話しかけてもろくに返事もしないゾロに、サンジは毎日懲りずに話しかけた。
母親が残業で遅くなる時はゾロの為に食事の用意もしてやった。
ゾロはけっこう味にうるさく、母親によくダメ出ししていたことがある。
そんなゾロの為にサンジは懸命に料理を覚えた。
元々器用だったサンジは見る見る成長し、おかげで料理の腕は母親以上になっていた。
きっとゾロの舌も満足しているはずだ、とサンジは自負しているが、ゾロからの反応はなかった。
ただ黙ってサンジが作るものを食べているから、まぁマズくはないんだな、くらいにしかわからない。

それでも残さず食べるゾロの食べる姿を見て、サンジは幸せに浸っていた。





         ◇   ◆   ◇





一度だけ、サンジはゾロに誕生日のプレゼントをしたことがある。

食べ物ではゾロの態度は変わらない、だったら何か物でつってみようか、その程度の考えしかなかった。
何故それを選んだのかは覚えてない。
安物のおもちゃのようなものだが、キラキラと光るそれがゾロに似合うんじゃないか、と思って何も考えずに購入していた。
だが、それを渡されたゾロは多分迷惑顔をするか、受け取ることすらしないだろう、なんて買った後に後悔してしまった。



「ゾロ・・・これ」
誕生日のプレゼントだとかそんな言葉は使わず、ただ袋を突き出しただけだった。
しばらくゾロはそれを受け取ろうとはせず、サンジは再び「これ!」とゾロの目の前に突き出すとようやくゾロはそれを受け取った。
「貰いもんだ、俺は使わねェからゾロにやる」

素直にゾロの為に買ったものだとは言い出せず、そんな言い方しかできなかったのだが・・・。
ゾロがその中身を取り出して暫く固まった姿を見て、自分の台詞はあれでよかったんだ、と思った。
そんなもん買って渡して、それが誕生日プレゼントだって言ったって、どうせ悪戯か揶揄いと思われるのがオチだ。



とりあえず突っ返すこともなければ、家のゴミ箱を漁っても捨てられた様子がなく、サンジはホッと安心した。



だが3日後、サンジは死ぬほど驚くことになる。
ゾロの耳に穴が3つも開いていた。
そしてサンジがプレゼントした3連ピアスがゾロの左耳朶にぶら下がっていたのだ。

「なっ・・・ゾロ、それ・・・」
「・・・サンキュー」
ただ一言、ゾロからの言葉はそれだけだった。



何のつもりでもなかった、ただゾロに似合いそうだと思っただけで。
なんでそんな物がゾロに似合うと考えたのかわからない、ゾロが受け取るとも思わなかった。
あとさき考えずに買ってしまったピアス、まぁ捨てられてもいいか、とそう覚悟していたのだ。

ゾロが耳に穴を開けた、プレゼントした安物のピアスを耳にぶら下げ、感謝の言葉をサンジに投げかけてきた。
たったそれだけのことなのだが。
気が付けばサンジの目から涙が溢れていた。
感極まって流れた涙、と言うのとはなんとなく違っていたが、その涙の意味はサンジ本人にすらわからない。
ただ心臓の音が頭の中にまで響いて、身体全部が心臓になったんじゃないかって思う程に全身の血管が脈打っていた。



その日から常にゾロの耳には3連のピアスが光っていた。
ゾロが動くたびにピアスが鳴る。
そのピアスの音に連動しているかのように、サンジの心臓も鳴り始める。
ゾロが身につけているそのピアスはサンジそのもののような、麻痺した脳内がそんな錯覚を起こし始めていた。

ゾロをどうにか懐柔できないものか、確か始めはそんな考えしかなかったのに。
そのピアスがゾロの一番身近なものになって、初めてサンジは気が付いた。

―――ゾロの目を自分に向けさせたかった。
以前のようにまっすぐに自分だけを見詰めてほしかった。―――



ゾロが自分を見なくなってからあんなに腹が立ったのは、裏切られた気分だったからだ。
でもそう思っているのはサンジの勝手で、腹を立てるのはお門違いだ。

自分たちは所詮血の繋がりのない赤の他人なのだ。
幼い頃のように何も考えずにじゃれあっていられるほど、もう子供じゃない。
ゾロは一足先に大人になった、置いてかれた自分はそれがわからず一人で混乱していただけで。
お互いもう大人へとなりつつある、きっとこんな状態にも時期に慣れる。
口を利かないことも相手を見ないことも、そのうち当たり前のようになるはずだ。


そう信じて、サンジは時間が経つのをじっと待っていた。
その間、あのピアスはずっとゾロの耳に光っていた。





         ◇   ◆   ◇





3時限目と4時限目の間の休憩時間。

サンジは弁当箱を机の上に置いて、それを睨みつけていた。
「何だ?サンジ、珍しいな!早弁か?」
「ばぁか!違ェよ。こりゃあ俺のじゃねェ」
自分の分はしっかりしまってある。
早弁などする必要もないほど、朝食はいつもしっかり摂っている。
となるとそれが誰のものかは明白である。



朝家を出る前、テーブルの上に置き去りにされた弁当箱を手に取るべきか、サンジは優に5分は悩んだ。
ゾロはとっくに家を出ていた。
悩む前にさっさとそれを持って追いかければ間に合ったかもしれないが。



以前も同じようなことがあった。

その時は迷いもせずそれを持って学校へ行き、そして昼休みになる前にゾロの教室へと届けたことがある。
サンジはその時のことが忘れられないでいた。

「・・・こんなとこまで来るな」
ただ弁当を届けに行っただけなのに、酷く迷惑そうな顔を向けられた。
持っていた弁当箱を乱暴に奪い取られ、礼の言葉も何もない。
サンジを見る目は「余計なことするな」とでも言っているようだった。



ゾロはいつもそうだ。

学校で声なんか掛けたところで無視されるのがオチだ。
視線すら合わせようとしない。
サンジが同じ学校に入学してきたことを、きっとゾロは腹を立てているに違いない。
家でも一緒、学校でまで顔を合わすなんて冗談じゃない、きっとそう思ってるんだろう。
だからサンジも学校では極力ゾロとの接触は避けるようにしていた。
元より、家でさえもあまり接触などなくなってしまったのだが。



今回もきっと同じ目にあう、そうはわかっているのだが結局サンジはゾロの分も一緒に持ってきてしまった。

ゾロは低血圧なのか朝は滅法弱く、寝起きもよくない。
朝食を抜いて学校へ行くことだってざらにある。
あんなデカイ図体をしてるくせに、昼メシが購買部のパンなんかで補えるとは思えない。

何よりも―――。

今日は珍しくサンジが弁当を作ったのだ。

母親が夕べ仕事で遅くなったので、せめて朝はゆっくり寝かせてやろうとサンジが弁当作りを買って出た。
普段あんまり食事に手間が掛けられないからせめてお弁当くらいは自分が作るわ、と言う母親の意見を尊重し、
サンジはあまり弁当作りに手を貸すことはないのだが。

時々だが、こんな時もある。
ゾロのための弁当作りは何故かワクワクしてしまい、自分の弁当はついで程度だ。
ゾロが喜んで食べそうなものを考えて作るのが楽しかった。



だが、と思う。

今日の弁当が置き去りにされた理由はもしかして、と。
自分が弁当を作っている姿を見て、それでわざと持って行かなかったんじゃないか、と。

もしそうだったら、と考えるだけで胸の奥が詰りそうになる。
ゾロに食べてもらいたい弁当、だが拒否されているのかもしれない弁当。
サンジはそれをジッと見詰めたまま身動きが取れないでいた。



「兄貴のかよ、だったら早く持ってってやれよ」
「ああ・・・そうなんだけどよぉ・・・」
どうすりゃいいんだ、と大袈裟な溜息をついた。

「もしかしてそれってゾロ先輩のお弁当?」
「サンジ君持ってけないの?だったら私たちが持ってってあげるわよ」
「そうそう、早く届けてあげなきゃ、ね?」

目敏い女たちがサンジの周りに寄って来た。
自分たちに持って行かせてくれと言わんばかりに、目を輝かせている。

そうかその手があったか、と女の子たちの声はまさに天の助けだなんて思ったりして。
「悪いね、じゃ頼んじゃってもいいかな?」

手渡した弁当箱を女子3人が奪い合いながら3年生の教室へと走り去る姿を見て、サンジはホッと小さく息をついた。



何だって、自分の兄に弁当を届けるだけでこんな気苦労をしなきゃならないんだ。
しかしこれで無事に弁当が手渡させる、腹が減ればいやでも弁当に手を出すだろう。
ゾロに何しにきたんだと睨まれることもなく渡すことができたのだ。

自分が作ったものだから食べないんじゃないか、などいうと卑屈な考えは打ち捨てることにした。
そんなことまで考え出したらキリがない。

しかもゾロはサンジの料理には満足しているはずだ、と思ってる。
あれは単に忘れただけ、偶々それがサンジの作った弁当だっただけのことだ。

サンジはそう思いたがっていた。





         ◇   ◆   ◇





放課後、校門を出たところでゾロに会った。

あっ・・・と思ったが気付かないフリをして通り過ぎる。
周りに他の生徒がいるし、例え誰もいなくてもやはり声を掛けるのは躊躇われただろう。



「おい」
ゾロの不機嫌そうな声は明らかに自分へと向けられている。
振り返ると、やっぱりゾロは怒った顔で自分を睨みつけていた。

「今日ワケわかんねェ女どもが弁当持ってきたぞ。お前に頼まれたってのは本当か?」
仁王立ちのまま表情は相変わらず険しい。
ゾロを知らない人間が見たらきっと縮み込んでしまうだろうって程に凶悪な雰囲気を纏っている。
相当怒ってる、ゾロをよく知っているサンジですら少しばかりビビっていた。

「あ・・・ああ」
「ンなもん他人に預けんな。テメェで最後まで責任持て」
「だって・・・」

自分が行ったら絶対に迷惑そうな顔を見せるくせに。
何しに来やがった、余計なことするなって言うくせに。
そう言ってやりたいのに口がそれ以上動かず、悔しさのせいか涙が滲み出そうだった。

「・・・テメェが作った弁当だろうが。だったらテメェが直接俺に渡せよ」

ジッと足元を見詰めたまま顔を上げられないでいたサンジの横を、ゾロはそう言いながら通り過ぎた。
思わず顔をあげると、先ほどよりか幾分和らいだ表情のゾロが自分を振り返っている。
サンジが歩き出すのを待っているかのようだ。

「・・・俺が作ったってわかったのか?」
「そりゃあ、食えばわかるだろ」
「そうか・・・食ったのか・・・」
「ああ。―――・・・美味かった、ありがとな」
最後は微かに笑ったように見えた。

ゾロが自分に笑い掛けたのはどのくらいぶりだろうか。
再び歩き出すゾロを追いかけ、隣に並んで一緒に歩いた。
ゾロは別段迷惑そうな素振りも見せず、サンジが横に並ぶのを黙して許しているようだった。

こうして並んで帰ったのは多分小学生の時以来だ。
2人で寄り道をしながら20分も掛からない道のりを1時間以上掛けて帰ったこともある。
今はあの頃のように会話が弾んだりはしないが、サンジは浮かれて一方的に話しかけていた。
それをゾロは静かに聴くだけでろくに返事はしないのだが、それでもサンジを浮かれさせるには充分だった。



そろそろ家に辿り着く。

家の中に入ってしまったら、自分たちはそれぞれの部屋に入り、いつもの2人に戻ってしまう。
まだ少し、あともう少しだけこの時間の中にいたい、と思った。

「ゾロ、ちょっとゲーセンで遊んでかねェ?」
「ゲーセン?興味ねェな」
「最近のゲーセンはすげェんだぜ?教えてやっから行こうぜ」
「いい、テメェ1人で行って来い」

サンジの誘いをつれなく断り、ゾロは自宅の方へと歩き出す。
思わずサンジは「ちょっとだけでいいから行こうぜ」と慌ててゾロの腕を取った。

「しつけェぞ!手ェ離せッ!」
大きく腕を振り払い、声を荒げたゾロがサンジを睨みつける。
その目はゾロの教室を訪ねて行った時に向けられたあの目と同じ色をしていた。

「あ・・・ごめん・・・」
「行きたきゃ1人で行けっつってんだろ。ガキじゃねェんだ、いつまでもひっついてんじゃねェよ!」
向けた背中は完全にサンジの言葉を拒否している。
何を言ったところでゾロを怒らせるだけだ、そう思うとそれ以上何も言えなくなった。

「ちっ・・・」と舌打ちが聞こえた。
それがサンジの胸を大きく抉り傷つけた。

背中を向けたまま歩き出すゾロを追いかけることなどできない。
呆然とゾロの後ろ姿を見送りながら、浮かれて調子に乗った自分を罵った。
せっかくゾロとの距離が少し縮まったと思ったのに。
家に辿り着いたからと言って、途端にゾロが冷たくなるわけではなかったかもしれない。
少なくとも―――今ほど劣悪な状態にはならなかっただろう。



「何やってんだ、俺は・・・」

ゾロとは反対方向へと歩き出す、が行く当ては特にない。
今は家に帰れない、それだけははっきりしていた。





         ◇   ◆   ◇





空が薄暗くなり、夜が近付く。
雲行きが怪しく、今夜は雨が降りそうだな、と思った。
そろそろ家に戻ろうかとサンジは自宅方面へと足を向けた。

結局当てもないままその辺をぶらついて、時間を潰していた。
ゾロを誘ったゲームセンターに行ってみたが、1人ではつまらない。
友達を呼び出して楽しむ気分にもならなかった。

サンジはただ家に帰る時間を引き延ばしたいだけだった。



玄関口の電灯が点いていないのを見て、まだ母親が帰宅してないことがわかる。

今、家の中はゾロしかいない。
そう思うだけで情けないことに足が竦む。

自分の家なのに、玄関のドアノブに手を掛けながら大きく深呼吸して緊張感を解していた。
サンジはゆっくりとドアを開けながら「ただいま」と言ってみるが、当然返事はない。

薄暗い家の中はリビングだけが明るかった。
そこにゾロがいるのだとわかると、そこを避けて通りたくなる。
が、そういうワケにも行かず、サンジは仕方なくリビングへと向かった。

ソファに身体を半分沈めながら、テレビのニュースを見ているゾロに再度「ただいま」と言ってみた。
ゆっくりとゾロがサンジへと顔を向ける。

「・・・さっきお袋から遅くなるって電話があった」
何の抑揚もない声を出すゾロの表情も、また何の抑揚もない。
感情を全く表さないゾロの表情が、実は一番不機嫌な時のものなのだとサンジは知っている。

まだゾロは怒ってるのか・・・。

「わかった、んじゃメシの仕度すっから、ちょっと待ってろな」
「要らねェ、腹減ったから適当に食った」

見るとゴミ箱にカップラーメンの殻が捨ててあった。
そんなもんが晩メシの代わりになるわけがない。

母親の帰りが遅い時はいつもサンジが美味い飯を作ってゾロの腹を満足させていた。
それがわかってるはずなのに、ゾロはサンジの帰りを待つこともなく、そんな嗜好品のようはモノで腹を満たしてしまった。


サンジの作るもんは食いたくない、と言われた気分になる。

どう取り繕うこともできないなら、ゾロの前から早々に立ち去った方が無難だ。
サンジは自分の部屋に戻る前にもう一度ゾロを見た。
ゾロはサンジの存在を気にする様子もなく、視線をテレビに向けたままだった。



「ゾロ・・・さっきはごめん」

返事なんか期待してなかった。
謝ってもどうなるわけでもないし、ゾロの機嫌をとりたかったわけでもない。
ただ調子に乗りすぎたことを素直に詫びておきたかっただけだった。

だが、サンジの謝罪を聞いたゾロは、サンジに聞こえるほど大きな溜息をつくと、またゆっくりとサンジを見た。
「別に、怒っちゃいねェよ。俺も悪かった、言い過ぎた」



自分でもバカじゃないかと思う。
ゾロの言動一つでこんなに一喜一憂する自分のことを。
胸につかえていたものが途端に消えて、堰き止めていたものが胸の奥から溢れそうになる。
いつから自分はこんなに涙腺が緩んじまったんだ、とじわりと滲み出そうな涙を堪えながら思った。

「俺、着替えて来っから」
涙を見られないよう、逃げるように自分の部屋に戻った。

ゾロの言葉がなかったら、今晩はもう自分の部屋から出ることはなかった。
なのに、今のサンジは早く着替えてゾロの傍に行きたいと思ってる。
本当に、なんでこんなにゾロに振り回されてんだろう・・・。



リビングに戻ると、ゾロは変わらずソファに深く腰掛け、肘掛に頬杖をついていた。
テレビの音に紛れてピアスの鳴る音が聞こえる―――。
頬杖をついたその指が、左耳にぶら下がるピアスを弄っていた。
ゾロは飽きることなくそれを弄び、チャラリ・・・と金属のぶつかる音が何度も聞こえてきた。
ピアスの音に連動するサンジの心臓は途端に高鳴り、心拍数を上げていった。

弄ぶ指の動きが、自分に優しく触れている。
そんな妙な錯覚を起こし、サンジは言い知れぬ感覚に襲われた。
赤い顔をしたまま、呆然とその様子を見詰め続けていた。

「・・・座んねェのか?」
ゾロの指の動きが止まり、同時にピアスの音も止まった。
そこでようやくサンジも我に返る。

だが心臓の煩い音はしばらくサンジの耳に響いたままだった。

遠い空からは雷の音が聞こえ始めていた。





         ◇   ◆   ◇





サンジは幼い頃から雷が大の苦手だった。
特に暗闇の中での稲光はいつもサンジの身体を竦み上がらせる。

幼かった頃は雷が収まるまで部屋の電気を点けたまま布団の中で目を瞑っていたが、
それでも怖くて結局はゾロの布団の中に潜り込んでいた。
ゾロは「男のクセに怖がりだな」と笑いながらも、ずっと傍にいてくれた。
時には手をぎゅっと握ってくれたこともある。

それだけで稲妻への恐怖が和らぐ。
雷は大嫌いだった、けど稲光の夜は嫌いじゃなかった。



高校生になった今では、明るい時間帯の雷に対しては恐怖感はほとんどなくなっていた。
だが夜の雷は未だに苦手だ。

リビングでゾロの右隣のソファに座りながら、ニュースの画面に視線を向ける。
だが、さきほどから近付きつつある雷の音に気が取られっぱなしだった。
窓の向こうの黒い空が時々青く光る。
光った後に聞こえる雷の音の間隔が次第に短くなっていた。

「近付いてきたみてェだな」
ゾロも窓の向こうを見ていた。
「あ、ああ・・・」

その声が少しばかり震えているように聞こえたのは自分の気のせいだろうか。
怖くはない、部屋は明るいし傍にはゾロもいる。
だがどうにも落ち着かず、じっと座っていられなくなった。



「母さんの晩メシでも作っとくか」

動かないから余計に雷に対して敏感になるんだ。
こういう時には動いて何かしてる方が気が紛れていい。

ソファから立ち上がりキッチンへと向かうサンジを、ゾロは見るともなしに見た。
サンジの顔から少し血の気が引いて見えたことが気になったが、すぐに視線をテレビに戻した。



キッチンの窓から青光りの空が見え、3秒も経たないうちにゴロゴロと雷音が聞こえる。
いよいよ、近付いてきた。

震える手に力を込めて包丁を握るが、上手く扱えそうもない。
諦めて包丁をまな板の上に置いたその時、耳をつんざくような雷鳴が聞こえたかと思うと部屋が真っ暗になった。
近くに落ちたのか、この家だけではなく周辺一体が暗闇になっていた。
辛うじてガスコンロの青い火がサンジの周りを微かに灯している。
だが頻繁に光る空と雷音がサンジの恐怖心を最高潮まで引き上げた。
雷が鳴るたびに、サンジは震え上がり、立っていることすらつらくなる。

何度目かの派手な雷鳴が聞こえ、堪らず悲鳴を上げそうになった時―――。

「ゾ、ロ・・・」
「大丈夫だ、すぐに収まる」

薄暗いキッチンで、何時の間にかゾロはサンジの傍まで来ていた。
そして震え上がる痩身を腕の中に収めていた。
ゾロに抱き締められている、そう気付くまでにサンジは数秒は要した。

「は、離ッ・・・」
その腕から逃れようとするが、易々と広い胸の中に取り込まれ、ますます強い力で抱き締められてしまった。
「いいから、じっとしてろ」
低音が胸に直接響く。
それと一緒にゾロの心音が聞こえた。
自分の心音はきっと倍以上の速さになっている。
それがゾロの身体に直接響いていそうで、胸を押しやろうとするが、強靭な胸はビクともしない。

再び先ほどと同じ耳をつんざく雷音がサンジを襲い、思わずギュッとゾロにしがみ付いた。
すると背中と肩を抱いていたゾロの腕にも力が入り、更に2人の身体は密着していた。

「すぐに遠のく、心配すんな」
「うん・・・」
その言葉通り、雷は次第に遠のき、耳にうるさかった雷音も遠い空でゴロゴロと聞こえるだけになる。
だがゾロは背中に回した腕を解こうとはしなかった。
サンジも大人しくその腕の中に収まったままでいた。

抱き合ったまま沈黙が続いた―――。



突如、部屋が明るくなる。
一時的な停電が直ったらしく、周辺の家々にも光が灯されていた。

途端に現実に戻った2人はすぐに身体を離した。
ゾロは何も言わずにソファに戻る。
サンジは残されたキッチンで、やはり包丁を握れないでいた。

ソファに座るゾロから視線が外せなかった。





         ◇   ◆   ◇





何事もなかったかのようにリビングからはテレビの音が聞こえ、キッチンでは火に掛けた鍋から湯の沸く音がする。
ゾロは先ほどと同じようにソファに座って視線をテレビに向けていた。


―――さっきのあれはなんだったんだ?


震える身体をゾロに強く抱きしめられた。
ゾロの腕の中ですぐに身体の震えは止まったのに、ゾロはいつまでも身体を離そうとはしなかった。

暗闇の中、時々光る稲光が反射してゾロのピアスが光っていた。
ゾロの指がずっと弄んでいたそのピアスをゾロの腕の中で目にした途端、身体の奥からぞわりとした感覚が駆け上がった。
雷に対する恐怖心よりも、その時感じたモノにサンジの身体は支配された。
しがみ付いた腕に更に力を込めると、それに応える様にゾロの腕もまた強くサンジの身体を抱いてきた。

このまま時間が止まればいい、とサンジは本気で思った。

部屋の明かりがついて、ゾロがサンジの身体を離そうとした瞬間、サンジは思わずそれを拒むようにしがみ付いた。
が、ゾロはそれを引き剥がすように、身体に絡みつく腕を簡単に振り解いた。
さっきまでの腕の力強さがウソのように、ゾロは冷たく自分からサンジを引き離した。

サンジにしてみたら幸せな夢の中から無理矢理に現実へと追い出された気分だ。
だがそれは夢の中での出来事ではない。
確かにゾロは強くサンジを抱きしめてきたのだ。

サンジの身体の中には迸る想いがまだ燻っていた。
このままではいられないほど身体が熱い。



「先にシャワー浴びてくる」
ゾロからの返事を期待しないまま、コンロの火を止めると逃げるようにキッチンから飛び出した。
そのまま急いで服を脱ぎ、バスルームへと駆け込む。
シャワーから湯が出てくるのすら待てずに、まだ冷たい状態のまま頭からシャワーを浴びた。
冷たさに身体はぶるっと震えるが、内に篭った熱は冷えそうもなかった。

ゆっくりと恐る恐る手を伸ばした。
そこは触らなくてもわかるほど勃起していた。
握った手を焦らすように上下に動かすと、甘い疼きがそこから沸き起こる。
ゾロを感じて身体が反応するという背徳的な感覚が更にサンジを高めていた。

だが―――これが初めてではない。
ゾロを思ってそこを擦りながら達した夜は何度もある。

なんで女ではなく兄が対象になるのか、深く考えるまでもない。
サンジはそういった意味合いでゾロが好きで、ゾロの全てを求めているのだとすぐに自覚してしまった。
だがその頃にはすでにゾロはサンジを避け、接触などもほとんどない。
下半身を慰めながら想うゾロの姿はいつも曖昧なものだった。

そして今、ゾロの逞しい腕、熱い胸板、息遣いや体臭、それらをリアルに再生しながらサンジは性器を弄っていた。


―――堪らない。
ピアスを弄っていたあの指が、自分の性器を握り締めて優しく愛撫する。


「――ッ、んあ・・・あッ、あッ、ゾロ・・・ゾロッ・・・」
シャワーの流れる音と共に、サンジの甘く喘ぐ声がバスルームに響いていた。
途中から、何度も何度もゾロの名を口にした。
最後までゾロの指は優しく性器を愛撫して、ゾロの腕の中でサンジは淫らに乱れる。
そんな映像とともに勢いよく精液を撒き散らし、シャワーの湯と共に床を流れていった。



達した後の虚脱する身体がぺたりと床に座り込む。
いつだって、事後には必ず空しさだけが残っていた。
兄であるゾロにこんな薄汚れた感情を持っている自分が嫌いだった。
こんな自分だから、ゾロは離れていってしまったんじゃないか、とさえ思う。



時々見せるゾロの優しさが堪らなかった。
普段は冷たく突き放すくせに、サンジのツボをつくようなタイミングでゾロは優しさを見せる。

さっきだってそうだ。
自分に関心などなさそうな素振りを見せておいて抱きしめてきた。
子供の頃のように、単に恐がるサンジを宥めすかすための行動だったのかもしれない。
でもあんな風に抱かれてしまったら、いやでも自分に都合よく思い込みたくなる。
ゾロも俺のこと好きなんじゃないか、と。


その時。


背後から物音が聞こえ、心臓が止まりそうになる。
振り向くと、扉の向こうに人の影があった。
「ゾ・・・ロ?」
「さっきお袋から電話があった、オヤジも一緒だった。あと15分位で家に着くらしいぞ」
それだけ言うと、ゾロは脱衣所から出て行った。


まさか・・・見られてた?聞かれてたのか?
だがゾロはもう其処にはいない、確かめようもないままにサンジは不安に駆られていた。





         ◇   ◆   ◇





バスルームから出て手早く着替えてリビングに戻ったが、そこにはゾロの姿はなかった。
自分の部屋に戻ったのだろうか?
いないとわかるとふーっと身体の奥から詰めていた息を吐く。
あと15分で両親が家に着くと言ったゾロの言葉を思い出し、サンジは急いでさきほどの続きに取り掛かった。



程なくして両親が帰宅し、サンジは2人の為の食事を用意した。
ゾロは要らないと言っていたが、本当にカップメンだけで足りるはずはない。
だけど今、ゾロと顔を合わせるのが恐い。

両親とサンジの3人で食事をしていると、父親にゾロはどうした、と聞かれた。
先に食べて自室に戻ったと伝えると、取引先からの土産があるから呼んで来てくれないか、と言われてしまった。
ゾロはそんな甘そうな洋菓子は苦手なはずだが。
父親はそんなゾロの嗜好には詳しくないらしい。
さすがに母親は実の息子の嗜好くらいは知っていたが、父親がゾロと少しでもコミュニケーションが取れないものかと
画策してることを見ていたから、敢えて口出しはしなかった。
サンジにもそれがわかるから、ゾロを呼びに行かざるを得ない。



ゾロの部屋の前まで来て一呼吸置く。
ドアをノックしてみるが返事はなかった。
「ゾロ、いないのか?」
ドアの外から声を掛けてみるが、やはり中からは何も聞こえてこなかった。

自分の部屋に戻ってるんじゃなかったのか?
サンジはそっとドアを開けてみた。

電気を点けてない部屋は暗かったが中の様子くらいは窺えた。
部屋の奥にあるベッドの上で、ゾロはこちらに背を向けたまま横になっていた。
サンジがドアを開けてもこちらを見る様子もなく、その背中は動かない。
「ゾロ・・・寝てるのか?」
中に足を踏み入れようとしたその時―――。

「入るな」

低く冷たい声がサンジの動きを制止した。
ゆっくりと起き上がりこちらを見るゾロの表情は暗くて読めない。
だが声がサンジを拒否している。
それだけはわかった。

「なんか用か」
「父さんが・・・土産があるから降りて来いって」
「・・・後で行く。お前は先に行ってろ」
それだけ言うと、ゾロは再びベッドの上にごろりと横になった。
背中は向けなかった、でもやはりその態度は「もう用事が済んだなら出て行け」と言っているようにしか思えない。

やっぱりさっきのアレを見られてしまったんだ・・・。
絶望感がサンジを襲った。
何か言わなければと焦るが、何をどう言えばいいのかさっぱりわからない。
口ごもるだけで言葉が出てこなかった。

自分の腕を枕に、ゾロは寝そべったまま動かなかった。
サンジが何か言おうとしているのを感じながら、ただジッと天井を睨んでいた。
暫く待つが、サンジは何も言えないまま、そこから動こうともしない。
サンジに聞こえないように小さく溜め息をつく。
それからゆっくりと起き上がり、ベッドから降りてサンジへと近付いた。


―――すぐ目の前にゾロがいる。


顔の温度が上昇していくのが自分でもわかる。
サンジは上気した顔でゾロを見た。
ゾロのサンジを見る目は、怒っているのでもなければ不機嫌なわけでもない。
その表情はサンジには読み取れなかった。

さっきのことを咎められるのだろうか。
きっとゾロの名前を呼んでいたことだってわかっているはずだ。
気持ち悪いとか頭おかしいんじゃないかとか、激しく罵られるかもしれない。
逃げ出したい、けど身体は動かない。
痛いほどに動悸が激しく、呼吸をするのも忘れてただゾロを見詰めていた。

ゆっくりと動くゾロの右手が、サンジの赤い頬を優しく擦った。
触れられた瞬間、ビクッとサンジの身体が震えるのをゾロは見逃さなかった。
「怖がんな。何もしねェよ・・・顔が赤いな、熱でもあんのか」
そしてその手がゆっくりと前髪を掻き上げて、普段隠されている左目を晒し出した。
額に触れたゾロの手も熱い。
「熱はなさそうだな」
そして、またゆっくりとその手が頬に戻ってきた。

「ゾロ・・・」
熱いゾロの手に包まれて、頬が益々熱くなっていく。
こんな優しい手で触れられたのはきっと初めてだ。

「―――サンジ」
名前を呼ばれて、思わず心の箍が外れそうになる。
自分のその想いを心の内に留めておくには既に限界だった。
「ゾロ・・・俺―――」



「2人とも何してるの?早く降りてらっしゃい」
階下から聞こえた母の声に、2人は衝撃を受けたかのようにビクッと大きく痙攣した。
ゾロの手がサンジの頬から離れる。

「い、行こうぜ。父さんも待ってる・・・」
動こうとしたサンジをゾロは腕を取って引き止めた。

「な・・・ゾロ・・・?」
「聞け・・・俺たちはもうガキじゃねェ。昔みてェにひっついてばっかいらんねェんだ。だから・・・
あんまり俺に近付くな。俺ももうお前には触んねェから」

ゾロの声色は到って穏やかで、吐き出した言葉の残虐さをやんわりと包み込んでいたから、
サンジは言われた言葉の意味がすぐには理解できなかった。
「俺の名前もあんまり呼ぶな」

最後にそう付け加えて、ゾロはサンジの横を擦り抜けて階段を降りて行った。
背中越しにゾロが階段を降りる音を聞きながら、次第にゾロの言葉を理解し始める。



今度こそ本当に、ゾロから突き放された。
あの優しい手はもう二度と自分に触れることはない。





         ◇   ◆   ◇





サンジはリビングに戻ることなく、そのまま自室へと篭った。

ゾロの言葉が耳について離れない。
ガキじゃないんだからひっつくな、と声を荒げて言われた言葉と同じなのに、あの時よりはるかにダメージが大きかった。
あんなに優しく触っておいて・・・。
あの優しさが余計にサンジを深い谷底へと突き落とした。



頭から布団を被り、サンジはぐるぐると今日の出来事を思い出していた。
優しく抱きしめられたことや、頬に触れられたこと。
繰り返し思い起こすほどに、あれはやっぱり夢の中の出来事だったのだろうか、とゾロの優しさが現実味を失っていった。

もしあの時、母親の声が聞こえてこなかったら―――。

仮定の話をいくら考えても仕方が無いことだとはわかっていた。
だが、あの時自分の気持ちを吐露していたら、ゾロは何と応えただろうか。

優しく頬に触れた指先や名前を呼ぶあの声、自分の気持ちとシンクロしていたかのようだった。
ゾロの気持ちが自分の中に流れ込んでくるような感覚を全身で感じ取った。
だから、心の箍が外れそうになった。
言えばもしかしたら・・・。

そこまで考えて首を振る。
自分の都合の良いようにしか考えられない思考に反吐が出そうになる。

ゾロは近付くな、名前を呼ぶなと冷たく突き放してきたのだ。
それが現実であって、サンジの考えは単なる願いだ。
今はもう現実を受け止めなければならない。

ゾロの言った言葉を繰り返し思い出して、サンジはゆっくりと現実として受け入れていった。
何故かもうゾロとは兄弟ですらなくなってしまったような気になっていた。



家でも学校でもゾロとサンジの関係は表面上あまり変わらなかった。
ろくに話もしないし、無駄な接触も無い。
気が付くとサンジの視線はゾロを追っていたが、すぐに視線を戻していた。
目が合うことなどあるわけないが、もう見ることも許されないような気がする。

そんなことを思いながらもやはりサンジの視線はゾロの姿を探し彷徨う。
窓の向こうの遠くの渡り廊下を、ゾロは女子生徒と並んで歩いていた。


「サンジ君!ゾロ先輩に彼女ができたって本当なの?」
「ウソよね!?だって今までずっと女の影なんかなかったじゃない!」

ゾロに何かがあると一々サンジに群がってくる女子たちに嫌気がさしてくるが、それでもサンジは笑顔を向けて答える。
「ああ、そうみたいだよ。俺も聞いてなかったから驚いたけどね」
サンジの言葉を聞いた女の子たちから悲鳴のような声が発せられた。

何がそんなにショックなんだ、とサンジは冷淡に思った。

自分たちは何かアクションを起こしたのか、何もしないままただゾロを見ていただけじゃないか。
ゾロとは兄弟ではないし、ましてや男じゃない、女の子に生まれてきただけでも幸せだ。
だって、少なくとも自分よりははるかに可能性がある。

そこまで考えた自分が情けなくて泣きそうになった。
自分でもワケのわからない八つ当たりをしている。
どうしようもないことを考えて、こんなのは余計に自分を惨めにしているだけだ。



ずっとゾロのことばかり見ていたからわかる。
確かにゾロは今まで誰かと付き合ったことはなかった。
学校でも隣に特定の女の子を連れて歩くことすらなかったはずだ。

最近よく見かける光景、ゾロの特定の場所にいる女の子。
間違いなくあそこは、ゾロにとって特別な場所だ。

―――まるでサンジに見せ付けるかのようなタイミングで現れた存在。

ゾロももしかしたら・・・と浅はかに思ってしまった自分に大笑いだ。
きっとあの時すでにゾロの中には大切な存在があったのだ。


ゾロの優しかった姿を思い出しても、あれは幻影を見たんじゃないのかと思うほど、ゾロが遠くなっていった。





         ◇   ◆   ◇





両親が揃って家を空けることは珍しくない。
父親も母親も仕事が忙しく、夜遅くまでの残業はもちろん、数日間の出張もある。
これまでも時々ゾロとサンジ2人きりで留守番をすることもあった。

明日の夜から父親は1週間、母親は3日間の出張に出掛けると聞かされ、
サンジはどうすればいいんだ、と心中で大慌てだった。

少なくとも3日間は2人きりで過ごさなければならない。

家の中で特別な接触はなくても、2人きりだと思うとやはりどうしたって意識する。
ゾロがそうでなくても、サンジにはとても耐えられそうも無い。

しかしそんなこと知るはずもない母親は「2人でしっかり留守番しておいてね」とにっこり笑った。
ゾロは「おう」とだけ答えた。
サンジも「心配しなくても大丈夫だから」と笑い返すしかなかった。



階段を昇ろうと足を掛けると、上からゾロが降りてきた。
見上げてゾロと目が合い、サンジは慌てて顔を背けた。
ゾロが階段を降りるまで動くことが出来ずに、顔を背けたままゾロが降りてくるのを待った。
狭い家の中で会わないわけにはいかないが、こんなにも息苦しい思いをいつまで続ければいいんだ、と思う。

「・・・明日、俺帰んねェから、留守頼むな」
ゾロの言葉に「え?」とサンジは顔を上げた。
別にゾロの表情に特別なものはない。

「明日だけ、か?それとも・・・」
「そうだな、わかんねェな」
ゾロはそれ以上は言わずに、サンジの横を擦り抜けて行った。

そんなに自分と2人きりになることがいやなのか?
「だったら、俺が明日友達んとこ行くからッ・・・」
振り返りゾロにそう言うと、ゾロもゆっくりと振り返った。

その表情は困ったように笑っていた。
「勘違いするな。明日は・・・元々用があって帰らないつもりだったんだ。明後日からは家にいるから気にすんな」
それだけ言うと、ゾロは再びサンジに背を向けた。



ゾロの言葉を聞いて、少しだけ安心したサンジだが、なぜ明日だけ?と不思議に思う。
だがその疑問はすぐに解決した。

そうだった、明日はゾロの誕生日だ。
誕生日の夜は家に帰らないつもりだった、つまり誰かと過ごすつもりだったというわけか。
自分と2人きりになるのがイヤだったわけではないらしい。
なんだ、考えすぎだったか、よかった・・・。

そう思いながらサンジの心は少しも晴れなかった。



ゾロの誕生日は、これまでだって特別なことなどなかった。
一度だけプレゼントを渡しただけだし、家族も幼かった頃と違って特に祝うこともなかった。
いつもの夕食、思い出したかのように母親が「誕生日おめでとう」と一言言うくらいだ。

サンジはそれすらも言わなかったが、誕生日が来るたびにゾロの左耳のピアスを見て思うことがあった。

1年間またゾロの傍にいれてよかった。
またこれから1年、そのピアスがずっとゾロの傍にあればいい。

だがそう思うことすらそのうち叶わなくなるであろう。
いつかその耳に別のピアスが光る日がくる。
もしかしたら明日、その日が来るかもしれない。



翌日、サンジはいつもより大分遅く帰宅した。
どうせ家に帰っても誰もいないし、誰も帰ってくることはない。
1人で家にいる時間はなるべく短い方がいいと思い、友達と用もないのにあちこちぶらついた。
夜遊びとまでは言えないが、いつもならとっくに帰宅している時間になっても家に帰りたくはなかった。

暗闇の中、玄関の扉を開ける。
当然家の中は暗く静まり返っていた。
手探りでスイッチを探し、玄関の明かりをつけた。
靴を脱ぎ歩く先々で電気をつけて歩き、家の中を明るくしていくが、家の中の静けさは変わらなかった。

「1人暮らしってェのは気楽でいいよな」
わざと声に出して言ってみるが、逆に空しくなるだけだ。
制服のままソファの上に寝転んでテレビをつけて見ても、やはりすぐに心寂しくなる。



そういえば、これまで1人きりになった覚えはなかった。

以前から出張などで両親が家を空けることがあると、いつもゾロと2人で留守番をしていた。
両親が留守をする日は、サンジが家に帰ると必ずゾロが先に帰宅していたことを今頃になって気が付いた。
昔からサンジが人一倍寂しがり屋であることを、ゾロは知っていたからだ。
寝るまでずっと傍にいるわけではなかったが、家の中で1人ではないというだけでサンジはどこか安心していた。


今ゾロはサンジ以外の人間の傍にいる、そしてサンジは広い家の中で1人きりだ。





         ◇   ◆   ◇





突然電話の呼び出し音が部屋の中に鳴り響いた。
それは母親からの電話だった。

『今日ゾロの誕生日でしょ?朝おめでとう言うの忘れちゃって。ゾロいる?』
「今ちょうど風呂に入ったとこなんだ」
『そう、それじゃ私の代わりにおめでとうって言ってちょうだいね』
「了解、言っとく。仕事頑張って」
『ありがとう。なるべく早く帰るから2人でお留守番ヨロシクね』



―――ゾロからの電話かと思った。
やっぱり帰るからメシの準備しておいてくれ、とかそんな内容で。

帰ってくるはずの無いゾロを、自分でも気付かないうちにサンジは心の隅で期待しながら待っていた。
母親からの電話でそのことに気付いた。

だがゾロは帰ってこない。
もういい加減にしろ、と自分の諦めの悪さを叱咤した。



風呂に入り早々に布団の中に潜り込んだ。

部屋に戻りながら、今度は家中の明かりを消して歩いた。
全ての電気が消え、家の中が真っ暗になる。
そして自分の部屋へ入っても電気はつけなかった。
暗い部屋の中で布団の中に潜って、闇の中に身を置けばすぐに夢の中へと逃げ込めると思っていた。

なのに音も光も無い世界で想うことはやはりゾロのことばかりだ。
神経が高揚して、夢の中へ逃げ込めそうにもない。

サンジは布団の中から出てのっそりと立ち上がり、フラフラと歩き出した。
部屋を出て、すぐ隣の部屋の扉を開けた。
もう何年もの間、サンジはノックもしないでここを開けたことはない。

主のいないその部屋は当然暗くて静かだった。
中に入って奥にあるベッドへと倒れこみ、枕に顔を埋めてみた。
抱きしめられた時と同じ、ゾロの匂いに包まれながらサンジは目を閉じた。



ゾロは今ごろ彼女に誕生日を祝ってもらっているのだろうか?
プレゼントはゾロがいつも身に着けていられるピアスかもしれない。
自分がプレゼントした安物のピアスが外されて、綺麗に光る真新しいピアスがゾロの左耳を飾る。
そうしたら、あの自分の化身とも言えるピアスはどこかに捨てられてしまうのだろうか。

それが自分の代わりにゾロの傍にいることは、もう叶わなくなる。

ゾロと自分を繋ぐものがなくなることへの恐怖がサンジを襲った。
ゾロが冷たく突き放しても、あのピアスがゾロの傍に在るのならば・・・そう思っていた。
あれがなくなってしまったら、ゾロは本当に手の届かない存在になってしまいそうだ。


何が悪かったんだ?
ゾロに少し優しくされたくらいですぐに調子に乗ったのがいけなかったのか?
ゾロの名前なんか口にしながら自分を慰めた、それをゾロに知られてしまったからなのか?
兄弟なのに好きになった自分が悪いのか?

兄弟であることを呪いそうになるが、兄弟じゃなかったら出会うことはなかったかもしれない。
ゾロと出会えなかったら、なんて事はサンジには考えられなかった。



ゾロのことを「兄さん」「アニキ」と呼んでいた幼い頃、そしていつしかそうと呼べなくなって「ゾロ」と名前で呼ぶようになった頃、
ゾロが少しずつ自分から離れて行った頃、冷たいかと思うと時々見せる優しい表情や言葉。

幼かった頃から今までのことを振り返り、サンジの目から止め処なく涙が溢れてきた。
ゾロのベッドの上で身体を丸め、小さくなってサンジは泣いていた。
泣いて泣いて、いっぱい涙を流せばゾロへの想いも流せそうな気がした。



・・・・・・サンジは気付かなかった。

ふと気配を感じ、顔をあげると濡れた視界の先にゾロの姿があった。
いつの間にかゾロはベッドの傍まで来て、泣き続けるサンジを見詰めていた。
ジッと自分を見下ろすゾロと視線を合わせたまま、サンジは金縛りにあったように動けなかった。





         ◇   ◆   ◇





暫くの沈黙の後、先に言葉を発したのはゾロだった。
「サンジ」
ゾロの声にサンジの身体が派手に痙攣した。
金縛りが解けたように、サンジの身体がわなわなと震え始めた。

「あ・・・ゾロ・・・」
自分が泣いていたことを思い出し、慌てて涙を拭いだす。
だがどうしたって泣いていたことはバレバレで、誤魔化せそうもない。

ゾロの部屋に勝手に入って、ベッドの上に寝ていたことを何て言い訳しようかと
頭の中はフルスピードで回転するが何も思いつかない。
何か言わなければ、と焦るばかりだった。

「サンジ」
再び名前を呼ばれ、さらに身体がビクッと震えた。

「あっ・・・あの、なんでもう帰って・・・あ、楽しかったか?今日は帰らないって。あぁ何か忘れ物でもしたのか。
プレゼントは何だった?ピアス貰えたか?そういや母さんがおめでとうって・・・」

頭の中に浮かぶ言葉を次々と吐き出した。
何を言っているんだと思いながらも止まらない。
混乱していたサンジは自分をコントロールできなくなっていた。


ふと目に入ったゾロの左耳のピアスに、サンジがゆっくりと手を伸ばす。
「あぁ、これ捨てなかったんだな・・・捨てる時は俺にくれよ。代わりに大事にするから・・・」

ゾロがしていたように、サンジはそのピアスを指で弄り、愛しそうにそれを見詰めていた。
ゾロがまだそれを着けていることに、酷く安堵した。


その手がゾロの大きな手に包まれて。
ハッと我に返ったサンジは慌ててそこから手を引こうとするが、逆に強く握られてしまった。
顔の温度が急激に上昇していく。

「捨てるかよ、捨てるわけねェだろ!?」
「だってもう用無しになったろ?彼女に新しいピアス貰ったんじゃねェのか?」
「・・・何言ってんだ、お前」
「だって・・・」
言葉に詰る、混乱した頭では上手く言葉が出てこない。


いつも冷たい態度しか取らないゾロを諦めたくて、なのにたまに見せられる優しさに決心が揺らいでいた。
さっきだって泣いてゾロへの想いを流そうとしてたのに、なんてタイミングで現れるんだ。

「何で・・・何でここに戻ってきたんだよ!?彼女と過ごすんだろ?今日は帰らねェって言ってたじゃねェか」

まるで責めるように、サンジは詰まる喉の奥から声を振り絞った。
戻ってきて欲しいと思っていたゾロが本当に戻ってきた。
なのに、ゾロに見られてはいけないところをまた見られてしまったのだ。

もう何も言い訳などできない。



「お前が何勘違いしてんのかしらねェが―――」

突然視界が変わった。
見上げていたゾロの顔の向こう側に天井がある。
ベッドの上に押し倒され、ゾロが身体の上に乗り上げていた。

「もう後戻りできねェぞ」
ゾロは恐いほど真摯な眼差しでサンジを見た。



ずっとずっと我慢していた。
それはもうゾロにとっては気が遠くなるほど長い間である。

無邪気に懐いてくる弟に尋常ではない想いを抱くようになったのは、初めて夢精というものを経験した時からだった。
夢の中でサンジの身体を弄くって異様なほどの興奮と共に精を放った。

すんなりと事実を認めたゾロはその日からずっとサンジのことを意識するようになり、
だが弟であるサンジに手を出すわけにも行かず、次第に距離を置くようになった。
そんな自分に縋るような目で見詰めてくる弟に我慢ならなくなり、愛しさより憎しみの方が勝ることさえあった。

サンジが成長し男らしさが増すようになれば、と期待していたこともある。
なのにサンジは成長すればするほどゾロを苦しめていった。

同じ高校に入学してきたサンジは、本人の知らない処で男どもに注目されるほどで、
薄汚れた欲に塗れた目でサンジが見られているかと思うだけで、ハラワタが煮え繰り返る思いをさせられ続けた。

サンジが自分の傍にいるだけで、その汚れた視線をゾロは敏感に感じ取り、いつも凶暴な感情に覆われていた。

―――誰にもやらない、これは俺のモノだ。



サンジのこめかみ辺りに指を差し入れ、金に輝く髪の毛を梳く。
「てめェのその眼がいつも俺を狂わす・・・もう限界だ」

瞬きを忘れたように、サンジはゾロを見詰め続けた。
大きく見開かれている瞳はまだ涙で潤み、戸惑うように揺れていた。

その蒼い瞳に魅入られたゾロは、吸い寄せられるように薄い唇にゆっくりと自分の唇を重ねた。





         ◇   ◆   ◇





「んっ・・・やッ・・・」
突然の口付けに驚いたサンジは、ゾロの胸に手を充て押し返そうとした。
しかしゾロの唇は一瞬離れただけで、すぐにまたそれは重ねられた。
サンジの身体から次第に力が抜け、ゾロの口付けを受け入れ始めた。

重ねるだけの口付けが次第に深くなっていく。
隙間からゾロの舌が入り込み、思わず唇を閉じそうになるが、すぐに舌が絡み取られた。
どうすればいいかわからず戸惑っているうちに、ゾロの舌が獰猛な動きでサンジの口内を蹂躙してくる。

こんな激しいキスなんてサンジは知らない。
まるでゾロそのもののようだった。

荒々しく上顎や歯裏に舌が這い回り、呼吸をするのも忘れそうなほどゾロの舌に翻弄された。
離れてはまた角度を変えて深く口付けられ、頭の芯が痺れるようなキスが続いた。
サンジの頭の中は次第に朦朧となった。



ようやく離れた唇を、サンジは名残惜しく思った。
どちらのものかわからない唾液でサンジの唇は濡れ光っていた。

「好きだ」
ゾロはただ一言だけ告げてみた、がサンジからの反応はない。
まだキスに酔っているのか、呆然とゾロを見詰めたままだった。

「聞いてるか?俺はお前が好きだっつってんだ」
再度告げると、ようやくサンジの焦点が合った。

「ウ、ソだ・・・ゾロは俺なんか好きじゃない」
自分の気持ちを否定され、ゾロは怪訝な顔をして見せた。
サンジの表情が歪み、また泣き出しそうだ。
「彼女と・・・誕生日・・・」
胸の奥から込み上げて来るものに邪魔されて、全てを言葉にできなかった。

「そうじゃねェ・・・今晩だけはお前の傍にはいらんねェと思ったんだ」
言いながら、ゾロの指が左耳のピアスに触れていた。



サンジがゾロにそれを渡した時から、ゾロにとって誕生日は特別な日になってしまった。
傍にいるのに触れることができない弟がくれたピアス。
ゾロは着けたその日から片時も離すことはなかった。

そして誕生日が来るたびに、いつも何か言いたげに自分を見つめるサンジの姿を目にしては、
心の奥底に隠してある想いが堰を切って流れ出しそうになる。
それを、ゾロは必死に抑えていた。

もしそんな日にサンジと2人きりになってしまったら、ゾロ自身にもどうすることもできなくなる。
間違いなく、理性を食い破って禁を犯してしまいそうだった。

だからゾロはサンジから逃げたのだ。
その日さえ過ぎてしまえば・・・そう思っていたのだが。


「今晩だけじゃねェ、明日だろうが多分―――。もう俺は抑えが効かなかっただろうな」
「・・・じゃあ、彼女は・・・」
「んなもん、最初からいねェ」

試しに、と何度も思った。
だが自分の気持ちが生半可なものじゃないことくらいわかっていた。
簡単に誤魔化せる想いではない。
外見がどうとかそんなことだけではなく、幼い頃からゾロにはサンジしか見えなかった。

「家族なのにな・・・」
辛そうな笑みを浮かべるゾロを、サンジも胸を痛めながら見た。

血の繋がりが全くなくても、ゾロとサンジは兄弟であり家族である。
父親にも母親にも幸せになって欲しいと願う気持ちは2人とも一緒だった。

「ゾロ・・・」
「親父とお袋、裏切っちまうな」
愛しそうにサンジを見るゾロの目は、時々見せていたあの優しい目だ。
本当は、ゾロはいつも自分をこんな目で見ていてくれていたのかもしれない・・・。

はらはらと、サンジの目からまた涙が零れ落ちた。

「ゾロ、好きだ・・・すげェ好きだ」
「ああ。わかったから・・・もう泣くな」
ゾロはその涙を指で拭いながら、穏やかな声を出した。



サンジに泣かれるのはきつい。

誰もいない家の中でサンジが泣いているんじゃないかと思い、ゾロはここに戻ってきた。
昔から寂しがりで1人ではいられない弟だった。
自分がいつも傍にいてやらなければ、泣いてしまうような弟だ。
高校生にもなってそれはもうないだろうと思いながらも、ゾロは確かめずにはいられなかった。

見つからないようにサンジの様子を確認したらすぐに戻るつもりだったのだが。
そこにあったのは涙を流すサンジの姿だった。
しかもその姿は、小さく丸くなって自分のベッドの上にあった。

―――心臓が止まりそうだった。
もう二度と泣かせたくない、とその時ゾロは強く思った。



「・・・もう絶対ェ離れねェからな」
ゾロの両手がサンジの頬を優しく包んだ。
「うん・・・」
「俺も腹括るから、お前も覚悟決めろ」

サンジからの返事はゾロの口内へと吸い込まれた。
サンジはゾロの首に腕を回して、今度はしっかりとゾロの口付けを受け止めた。

もう後戻りはできない、それでも2人は決して後悔することはなかった。





         ◇   ◆   ◇





ゾロの舌と指がしつこく胸の飾りを弄くっていた。
サンジの白い肌には赤い跡がいくつも散らばっている。

滑々と舌触りのいい肌を散々吸い付き舐め尽くし、到達した胸の飾りを丹念に愛撫していた。
それまでざわざわとした感覚にじっと耐えていたサンジだが、ゾロの指が乳首を捏ねるように触り出すと
ビクビクと身体が痙攣し始めた。



衣服は全て自分で脱いだ。

キスをしながらゾロの手がシャツのボタンを外そうとしたのを、サンジの手がそれをさせなかった。
「自分で脱ぐから、いい」

今からの展開を考えるだけで相当恥ずかしいのに、ゾロに服を脱がされるその間に気持ちが先にイってしまいそうだった。
それくらい――。
ゾロの手が優しく触れてくるだけで、サンジの全てが感極まっていた。

指が微かに震えて、自分でもボタンを外す手の動きがもどかしくなる。

その間にゾロは素早くシャツを脱ぎ捨てて、下穿きも躊躇うことなく取り払い全裸になっていた。
その様子を呆然と見ていたサンジも慌ててシャツを脱いで白い肌を晒した。
ズボンに手を掛けようとしてゾロと目が合う。

「み、見んなよ・・・」
男同士なんだし、小さい頃はよく一緒に風呂に入っていた。
今さらなのに、服を脱ぐ様子をじっと見られるのはどうにも耐え難い。

「お前だってさっき俺のこと見てただろ。気にすんな」
目の前で全裸のまま仁王立ちで自分を見るゾロを直視できなくて、サンジはくるりとゾロに背中を向けてズボンに手を掛けた。
背中を曲げてそれを脱ぎ去る姿を背後から見ていたゾロは、ヤバイくらいに興奮していた。

全部脱ぎ切ったと同時に、背後から全裸のサンジを抱きしめた。
「ワザとかよ・・・んな白いケツ俺の方に突き出してんじゃねェ。突っ込みたくなるだろうが」

怒ったような声を出し、後ろからサンジの耳に噛み付く。
押し付けられた硬いモノを感じ「あッ・・・」と甘い声をあげた。
それをぐいぐいと更に擦り付けられる。


ケツに突っ込みたくなる、その言葉を聞いてサンジの中に緊張が走った。
男同士でやるにはどうすればいいのか、何となくではあるがわかってはいる。
だが実際に、今からゾロの硬く成長した性器が自分の体内に入ってくることをリアルに感じてしまい。
さっき見たソレは自分のモノとは比べ物にならないほど大きくて、やっぱりまるで遺伝子が違うんだな、と
見当違いなことを思ってしまった。

あんな凶器みたいなモノが自分の中に突き刺さる、と思った瞬間、恐怖心がサンジを襲った。


ゾロはそれに気付かず、下半身をサンジに擦り付けながら耳から首筋へと唇を移動させていた。
「あ・・・ゾロ・・・や、だ・・・」
そのままいきなり背後から突き挿れられるんじゃないかと恐くなり、腰を折ってゾロから逃れようとした。

「逃げんな」
「だって・・・恐い・・・」

振り返ったサンジの顔は少しだけ青白く、目には不安げな色が窺えた。
ゾロは宥めるように頬にキスをしながら背中を強く抱きしめてやった。

「恐がんな。優しくすっから、安心しろ」
「・・・痛く・・・ねェか?」
ゾロが少しだけ言葉に詰まる、多分痛みからは逃れられないだろうと思う。
「大丈夫だ、ちゃんと良くしてやる」

それでもまだ不安げな表情を見せるサンジを、くるっと身体を返して今度は正面から抱きしめた。

もう泣かせないと決めたのだ、サンジが嫌がることなどしたくはない。
腕の中からサンジの身体を軽く離して、顔を覗きこんだ。
「・・・どうしても恐くてイヤだっつーなら今晩はやめとくぞ」

ゾロの声はやはり穏やかだが、自分のために無理をしていることくらい、サンジにもわかる。
さっき「もう限界だ」とはっきり言っていた、今だって顕著にその反応を見せている。

ゾロは今、本気で自分を欲しがっている。

そう思うとサンジの下半身にもくるものがある。
恐いのは本当だが、ゾロに抱かれたがっているのも本当だ。
それに今日はゾロの誕生日だということも忘れてはいなかった。

「ゾロ・・・信用してもいいか?本当に恐くねェ?」
「ああ、善処する」
「じゃあ・・・」

決意を新たにしたサンジはゾロの首に腕を巻きつけた。

「今年のプレゼントは俺ってことで・・・いいか?」

ベタな台詞だと思いながらも恥ずかしくて、ゾロの耳元で小声で呟いた。
恥ずかしがるサンジの姿やその台詞にゾロは顔を綻ばせていた。
「最高だな」

ゾロに身体を抱きかかえられ、ゆっくりとベッドの上に横たわった。
見上げるとゾロが嬉しそうに笑っている。
そんな子供っぽい笑顔を見て、幼かった頃を思い出し胸がギューッと締め付けられた。


確かに、サンジはその頃からゾロだけが特別に好きだったことを今思い知った。





         ◇   ◆   ◇





ゾロの指と舌がまだ乳首を弄んでいる間に、残った手がサンジの根元を握り締めてきた。

「うぁ・・・ん・・・んっ・・・」
一際高い声を上げそうになり、サンジは慌てて左の手の甲で口を塞いだ。

ゾロの手が容赦なくそこを擦り上げ、胸への愛撫と重なって、強烈な快感をもたらしてくる。
必死に耐えようとすればするほど気持ちよさが増すような気がして、何度も激しく首を振った。

ゾロは胸から顔を上げサンジの顔を見た。
左手は口を塞ぎ、右腕で顔を隠そうとしている。

ゾロはその両腕を掴み、開かせた。
目尻に涙を溜めた瞳が恨めしそうに自分を見た。

「何・・・だよ」
「なんで隠すんだ?見せろよ」

掴んだ両手首を頭の横に縫い付けるように押さえ込んだ。
「風呂場で啼いたみてェにいい声出せよ、感じてるツラ見せろ」
「な・・・やっぱり・・・見てたのか」
「ああ、目が離せなかった。すげェ興奮した」

あと少しで両親が戻ってくると電話がなかったら、多分あそこで我慢の限界が来ていた。
バスルームの中に入り、その場でサンジを犯していたかもしれない。

当然ゾロもサンジと同じように、見たこともないサンジの痴態を想像しながらいつも抜いていた。
それが目の前にあり、喰らいつきたくて仕方がなかった。

「あん時の姿、もう一度俺に見せろ」

頭の上でサンジの手首を片手で押さえつけ、残った手で性器への施しを再開させた。
ゾロはじっとサンジの顔を見ている。
覆うものがなくなり、サンジは快楽に歪む顔をゾロに見せつけ、抑えられない甘い啼き声を上げていた。
・・・ゾロに何も隠せなくなった。
もう隠す必要などなくなったというのに、サンジは何もかもが恥ずかしくて抑えずにはいられない。

でも。
ゾロが見せろというなら、聞かせろというなら、望まれるままに従いたくなる。
ゾロに欲されることがこんなにも嬉しいとは思わなかった、こんなにも幸せだなんて知らなかった。



時間を掛けてじっくりとそこが解されていた。

もう既に一度イかされていて、サンジの身体は敏感に反応を示している。
ゾロは約束を守るために、ゆっくりとサンジの身体を開かせようとしていた。

指を突っ込んだそこは、最初は異物の進入を拒むようにゾロの指を押し出そうとしていた。
無理をしないようにサンジの表情を確認しながらそこを広げていく。
探るように動かし、ようやく見つけた箇所を執拗に攻めた。

「うあっ・・・あっ・・・」
腰が跳ねる、いつの間にかサンジの性器が再び硬く勃ち上がっていた。
「感じるか?」
「あっ・・・やっ、あぁっ・・・」

ゾロの問い掛けに答えられないほど、ゾロの指がそこを掠めるだけで強烈に気持ちがいい。
自分で慰めている時には感じたことのない快楽に、気がおかしくなりそうで、必死にゾロの身体にしがみつく。
そうしないとどこかに飛んでいってしまいそうだった。

ゾロの指をぎゅうぎゅうに締め付けながら、中がもっとと強請るように蠢いていた。
「指3本じゃ足んねェか」
まるで言い訳をするようにゾロが呟いた。
本当はゾロが我慢できないのだ、早く自分の性器で中を擦り上げたかった。

「あ、あっ・・・ゾロ・・・早・・・く・・・ほし、い」
サンジはゾロの期待どおりの言葉を放ち、ゾロはそこから指を引き抜いた。



「痛いのは最初だけだ、我慢しろよ」
サンジが頷くのを確認し、ゾロはサンジの足を大きく広げて中心部に押し当てた。
ゾロの太い性器がこじ開けるように中へと進入してきた。
サンジの身体から何か音がしてそこが壊れるんじゃないかと思うほどだった。

苦しそうに眉を顰めて唇を噛み締めていたサンジの表情が次第に変化していく。
ゾロの動きが緩慢なものから徐々にスピードを上げていくと、サンジの声が明らかに呻き声とは違う色を見せ始めた。

その様子にゾロがホッと胸を撫で下ろした。
ただ痛いばっかりでサンジが嫌だと泣いたりしたら、サンジを抱くことができなくなる。
ようやく手にしたサンジの全てを、ゾロはもう手放すつもりなどない。

これからは何に遠慮することもなく、サンジを愛していこうと決めたのだ。
ずっと我慢して、何度も突き放して、もしかしたら泣かせたこともあっただろう。
その分、この先ずっと全身全霊をかけて、この可愛い弟を守り愛し抜くと心に誓った。

「サンジ、好きだからな、ずっと好きだ、忘れるな」
サンジの身体を何度も揺さ振りながら、繰り返し口にした。
「あ、あぁ・・・ゾ、ロ・・・ゾロッ・・・ゾロッ」
泣きながらサンジも同じくらいゾロの名を呼んでいた。



何度もお互いの名を呼び合いながら、何度も好きだと告げながら、何度も抱き合った。
何度口付けても、何度精液を吐き出しても、治まらない。
ゾロは狂ったようにサンジを求め、サンジも意識が果てるまでゾロに応えた。

堰き止めていた想いが2人とも大きかった分、流れ出した勢いは凄まじく、どんなに相手を貪っても満足なんかできなくて。
いつまで経ってもお互いの身体から手を離すことができなかった。





         ◇   ◆   ◇





朝目覚めたゾロが、瞼を開けずに隣を探るが、そこには何もない。
目を開けて見るが、やはりそこにあるはずのサンジの姿はなかった。

自分の部屋、いつもの朝。

一瞬あれは夢だったのか?とまだ寝ぼけた頭が考えたが、そんなはずはない。
つい数時間前まで散々貪っていたのだ、夢であってたまるか。



急いでシャツに袖を通しながら部屋を出た。
階下から食べ物のいい匂いがする。
急いで階段を下りるとキッチンから音が聞こえた。

ゾロが顔を見せると、一瞬戸惑った表情を見せたサンジが下を向きながら「おはよう」と小さな声で呟く。

これは昨夜自分が抱いた弟なのか?
それとも自分に突き放されて傷ついたままの弟なのか?

だがそれはすぐに解明した。
「さっさと朝飯食って学校行こうぜ」
そう言って顔を上げたサンジの頬が赤く染まっていた。
自分に遠慮したり様子を窺うように接していたサンジではない。

テーブルの上に朝食を並べるサンジを背後から抱きしめた。
「好きだ、サンジ」
クセになったかのように耳元で呟くと、サンジは少し笑いながら「もう何回も聞いた」と返してきた。

ゾロに顎を取られ、無理な体勢のまま口付けられる。

サンジもまた、ゾロにそうされることで夕べの出来事が夢ではなかったんだと安心していた。
目が覚めて2人とも裸のまま、隣でゾロが寝ていても、それでもサンジにとって信じられない出来事だった。
身体の節々の痛みや下半身に残る鈍痛、身体中に散らばってる赤い跡。
それすらもサンジを安心させる材料にはならなかった。

ゾロが抱きしめてきて「好きだ」と告げてきてキスをされて。
ようやくサンジも信じることができた。



2人で朝食を摂りながら特に会話は弾まない。
まるで昨日の昼間までの自分たちのようだ、とサンジは思った。
だが顔をあげるとそこには自分を見ているゾロがいて、目が合うとふっと優しく笑ってくれる。

甘い空気が二人を包んでいた。



母親が帰ってくるまで、2人はこれまでの時間を取り戻すかのようにくっついていた。
2人の間にあったでかい壁はなくなり、堅く閉まっていた扉はいつも開け放してある。



最後の夜、サンジの部屋で抱き合っていたら、突然玄関から「ただいま」と母親の声が聞こえてきた。
慌てて身体を離し、サンジは急いで衣服を身につけ母親の元に駆けつけた。

「おかえりー早かったね、明日じゃなかったっけ、帰る日」
「ふふ、早く片付けて帰って来ちゃった」
いくら高校生になったとはいえ、やはり子供だけを残しての外泊は心配なようだ。
陽気に笑う母がゾロを探しているようだったから「ゾロはとっくに寝ちまったよ」と言っておいた。

母の気が済むまで話の相手をしてやり、風呂に入ると言う母に「俺はもう寝るから」と
ようやく母から解放されて部屋に戻った。

もう寝てるかもな、と思っていたが、珍しくゾロは寝ずにサンジを待っていた。

「わかったか、サンジ。これが覚悟ってやつだ」
ゾロとそういう関係を持つことで隠さなければならない事実、これからずっと両親を騙し続けなければならない。

それでも、と。
両親には悪いけど、それよりもゾロが欲しい、と。
素直にそう思う、だからやはり後悔など微塵もなかった。
それはゾロも同じであり、サンジを手に入れられるなら家族の絆なんかいらない、両親を騙し続けることくらい
造作もないことだと思っていた。



それからもゾロとサンジは両親と共に暮らしながら2人の目を盗みつつも恋人として夜を過ごしていた。

ゾロが高校を卒業し、他県の大学に進学するために家を出た。
その後、あとを追うようにサンジも同じ大学に進学し、家を出てゾロの住む部屋へと転がり込んだ。
その先もずっと・・・多分一生2人は共に生きて行くであろう。

ゾロの耳にはあのピアスが今も光り続けている。
2人の間を阻むものは、もう何もない。


−END−

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卯月さまより頂きましたvDLF作品ですv


2004.11.24

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