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   二、対なる者  

 

戦国の世。一国の姫がいつ物乞いへと変わるかはわからない。江戸時代には入らず、かといって、秀吉の天下統一もない。世は水に浮かんだ綿のようなもの。水を含み沈むか、浮き続けるか。流転はゆったりとしているようで激しい。 

桜も、姫と言っても小国。これといった特産物もなければ武器もない。鉄砲の一丁も有しておらず、山城だけが武器と言えるものかもしれない。城は、堅固と言ってよかった。垂直に近い斜面は登りにくく、唯一ある抜け道は山を背後にした裏に人一人分の道があるのみ。敵がそこから攻めてこれるほどではない。間者や忍びが入るのもそこからが一番多いが、見張りを欠かしたことはなく、入り込むことは出来ない。たとえ入ったとしても、小国の城。顔は皆知っている。 

それだけの装備をしても、攻められたらひとたまりもない。城も国も一日として持たずに崩れるだろう。

この国は大国に従うことでやっと生きながらえているに過ぎなかった。

そして、国を結びつける最良のものはやはり婚姻。姫も大国・絽に嫁ぐことが幼い頃から決まっていた。

「もうすぐだわ!」

また始まったな。

「ねえ、橘。私もうすぐ奥方になるのよ。弘種様の。どんなに待ったことかしら。弘種様は領内でも噂の的なのよ。もちろん、いい意味でね」

「そうですかぁ〜。いやぁ〜良かったですねぇ」

「お手紙を下さったの。お元気ですか?って」 

そりゃ、ありきたりな文章で。

とは思いつつ、橘は書物に目を向けて離さない。が、何も言わないと姫は怒るか拗ねるので、とりあえずの相槌は打ってみる。

橘。そう呼ばれた青年こそ、姫に拾われた少年だった。時は流れるように過ぎ、橘はお館様・桜姫の父によって元服を果たし、姫に仕える賦となっていた。学に才を示した男にお館は興味を示し、姫と共に教養を持たせた。

姫は最近目前に迫りつつある婚礼のことばかり考えていた。

政略結婚。先ほども述べたように婚姻は国を守る最良の法。血を流さずに守れる。女にとっても何よりの仕事場である。時に悲しみに嘆きながら嫁ぐ者もいるだろうが、それは激しい恋を知ってしまったからだろう。夫にばれなければ軽い恋もできる。激しい恋を知ってしまったものの悲しみ。恋を知らない悲しみ。どちらが良いとは言えない。また、今はあまり関係のないことでもある。

姫は婚姻に関しては積極的でさえあった。しかしこれは自らの外交能力の発揮する場を得た喜びではない。珍しいことだが、まだ見ぬ未来の夫に姫は純粋に恋をしていた。

「ああ!聞いてないわね」

「聞いてますよ、それはもう」 

嫌味か、天然か書物のページがめくられる。

「聞いてないわ。全く。私はもうすぐ弘種様に嫁ぐのに。少しは真面目に聞いてくれてもいいんじゃないかしら」

「聞いてますよ」

もう嫌なくらい。耳に届いてるさ。

またページがめくられた。

「もう!お前は私のものなのよ?ちゃんとわかっているの?」

「はい。桜姫」

微笑。少なくともいくらか嘲笑も入っているのは明らかな微笑。

「馬鹿にしてるわね」

続け、

「私も分かっているわよ。これが政略であるのは。私だって父上と母上の子ですもの。でもね、会ったことはないけれど大好きなのよ」

「そうですか」

おめでたいですね。と顔に書いてあった。が、すでに姫は橘を見てはいなかった。弘種の国の方の天を見上げている。全てに通じる天。仏への信心は深くないが、天に対する信心があったら(中国にはあるらしいが日本には定着していない)姫は信心深いといえる。暇さえあれば天ばかり見上げているのだ。天は何でも見ている。それが姫の考えだった。

「ええ!とても!だから楽しみなの」

面白くない。

橘は思う。目の前にいる男を男とは思わないのだろうか。姫と使える従者。思えないのも無理はない。

―――夢は全て物語の中―――

橘にはいつもこの言葉がまとわりついて離れない。

「『妹が名に懸けたる桜花かば常にや恋ひむいや毎年に』とは何の歌でしょう?」 

橘は挨拶のようにさらりと歌を詠んだ。どうやら問題らしい。姫と同じように。と言っても、やはり実子である姫の方が習う時間も多い。本も多い。答えられないはずは・・・ない・・・だろう。

「・・・・」

「桜姫?おやおや。ご自分の名が詠われた歌なので感慨が大きいのですか?それとも・・」

「・・・意地悪。万葉でしょ、それ。古今なら私だって知ってる歌もあるわ・・」

まったく。まあ、いじめてないとは俺も言えないがな。いじめたくもなるだろ。少しはこっちの気も・・・。 

姫は背を向けて小さくなっていた。せめてもの抵抗か、悔しいのか。肩に力が入っていることがありありと察せられる。彼女は気づいてはいない。目の前に従って生きてきた男が何故そのようなことを言うのか。試すのか。幼いわけではない。歳などは今さほど重要ではない。しかし、心は幼くとも姫の体は丸みを帯び、男は武者にしては頼りないが、それども男といえる体になったのだから。

あなたはわかっておられない。俺の気持ちを・・・。

橘は姫の肩へ手を伸ばした。

そして抱きしめた。

・・・・それが出来たらどんなに彼は幸せになれるだろうか。

「冷えてきましたね。梅は咲いても桜はまだですからね。まだ冷え込みます。祝言前の大切な時期なのですからお体を大切になさってください」

そうして綿の入った衣を姫の肩にかけた。橘の出来る精一杯である。

「ありがとう。ふふ。なんだかその言葉、もう私の中にお世継ぎがいるかのようね。私も言われるのかしら。そう遠くはないといいわね」

いや、ものすごく遠くでありますように。とは思うが、無論、

「・・・・」

である。が、姫は気にもせず、心の許せる者との時間をくつろいでいる。綿入れに包まって、瞳を閉じ、柱に身を任せていた。

「ねえ、弘種様は桜の花が好きかしら?去年の春は庭に咲いたという桜を一枝送ってくださったのよ。覚えてる?」

「ええ。覚えていますよ」

「遠いのね。やはり。枝はあっても桜は私の手に届いた時はもう散っていたもの」  

私なら・・・

「けれど庭にあるくらいならお嫌いではないのよね。嬉しい」  

姫は紡いだ糸のようにするすると言うと、安心したのか寝てしまった。橘の返事は「覚えている」と言っただけ。だが、姫には橘の本心は届いていない。幼い頃から傍にいる男は空気のようなもの。何も言わなくても不思議な安心を姫に与えているのだった。  

柱に寄りかかっていた姫が橘へ寄りかかって眠りに落ちたのがいい証拠だろう。  

彼の右肩には軽い、しかし何よりも重い体と、そして暖かさが伝わる。  

男の肩に寄りかかって寝るなんて、夫以外は駄目よ!慎みのない。

奥方の声が橘には聞こえるようだった。

日暮れが迫っていた。東を向いたこの部屋には夕陽は見えない。その分冷え込みもひどい。

姫が輝いていても私には見えないのだろうな。感じるだけで。しかし、いくら見えなくとも、遠く離れても俺にはきっと姫を感じることが出来るだろう。物語のように。

傍らにいる姫はもう夢にまで落ちたのだろうか。もしかしたら婚礼の夢を見ているのかもしれない。そう思うとなんとも言えない気持ちが湧き上がってくる。

私だったら・・・・

姫との会話が思い出される。

私だったら枝を送ったりしない。愛しい者と同じ名を持つものを傷つけたりはしないのに。私は花だけではない。春も夏も、秋も冬も変わらずにずっと好きなのに・・・。

桜・・・・

今でも覚えています。あなたに出会ったときのことを。あなたのものになったあの日。  

 

線があった。  

重なり合い、途切れ、ねじれた様にさえ見えた。さまざまな線。  

私はそれをじっと眺めていた。  

土の香りが鼻をつき、それでも何故私は眺めていたのか。  

やがて、木の香りも混ざった。ふと上を見上げると童女がいた。木の香りはその童女の靴のものだった。

「お前、さっきから何をしているの?」  

童女とはいえ、身なりから家柄はわかる。  

幼かった私にもわかったのだろうか。それとも元来の性なのか、自らよりも年のいかない者に私は素直に従っていた。

「線を眺めていました」

「線?」

言って、童女も地を眺めた。  

纏う着物がさらさらと音を立てた。桜の描かれた美しい着物。  

私が初めて美しい物を見た時といえば、この時に違いない。

「馬鹿」  

童女は地に向かって吼えていた。  

何を言っているのだろう。いきなり。

「馬鹿!」  

繰り返して私を見上げた。先ほどまでは童女の頭が上にあったが、しゃがめばなんのことはない。やはり童女。背丈は私のほうが大きい。

「何をぼけっとしているの?」

「何を・・・と言われても。何が『馬鹿』なのですか?」

「これよこれ!」  

立ち上がり、軽く服を掃っていた。砂が身に付いていないか確認しながら、童女は私の返答を待っていた。

「線・・・・ですか?線が『馬鹿』なのですか」  

今思えば私はなんと馬鹿のことを言っていたのか。馬鹿なのは私のほうだった。けれどそれも仕方がない。私は文字を知らなかった。『馬鹿』というよりは『無知』だったと言うほうが正しい。

「お前分かって言ってるの?確かにそういう意味ではあるけれど。これは線だけど線じゃないわ」

「・・・・」

「文字よ。文字」

「もじ」  

知らないのね。そう目で念を押してきた。私は戸惑っていたに違いない。

「お前、文字・・・線が好き?」

「そうかもしれません」

「ふうん。私は嫌いよ。それから学問とかが生まれてくるんですもの。でも」  

にやにやと私を見下ろしていた童女の眼差しを私はまだ忘れてはいない。

「お前は気に入ったわ。おいで」  

童女は背を向けた。おいでと言ったわりには随分薄情とも思えるが、私は素直についていった。私には帰る場所はなかったし。それを彼女は知っていたのだろうか。  

私の人生はここから始まったのか。まだわからない。けれど、世界が広がりを見せたのはこの時だ。親が亡くなり、親戚の家も追い出された私にこのとき再び家を与えた彼女。  

忘れはしない。

 

「まあ。何をしているの?!」  

陽は姿を消し、夜の陽が姿を現していた。目を覚まさない姫を肩に橘は何刻そうしていたのだろうか。無論、姫を起こして自由になる術はあった。が、橘がそうするはずはない。刹那の時だけでも、夢をみたいと思う男だ。  

奥方により現実へを引き戻された。されてしまった。

「申し訳ありません。姫様がお休みになられてしまったので」  

・・・・とは言いつつ、姫を起こさないようにと肩は揺らさない。首だけで奥方に謝った。やはり、名残惜しい。

「ん・・」  

姫が少し身動きをする。ふわりと香るのは甘い香の香りだ。学は身につけても香道は従者には必要はない。橘にとって香は姫の香りしか知らない。  

香りに誘われて甘い夢を見てしまう。  

しかし。

「ご苦労様。いつもいつも世話をかけているわね。これでもう婚礼間近・・・。心配だわ」

「いえ。姫様ならばお役目を立派に果たすことが出来ます。ご心配なさらず」  

厳しいことを言う奥方ではあるが、何より姫に甘いのもこの奥方であることを橘は知っていた。姫に似た容貌。歳より幼く見えるのも姫と似ている。けれど、性格は殿に姫は似たようで、奥方の心配を理解するものは橘や他の重臣くらいだ。

「本当に大丈夫なのかしら・・・。もう少し祝言を伸ばした方が良かったのかしら?」  

眼前の幼い奥方は溜息を漏らし、月を見上げている。  

姫様もこうなるのだろうか・・・

「大丈夫です。乳母の方々も一緒に弘種様の下へ行かれるのですから」

「ええ。そうよね。でも・・・」  

不意に奥方は橘へと顔を向けた。  

見惚れていたのを知られたのかと動揺してしまったが、そうではないらしい。急激に体温が高くなるのを感じてしまう。表情は変わっていないだろうが、顔は赤くなっていないだろうか?

「お前は一緒に行かないのでしょう?殿は一緒に行くか行かないかはお前に任せるといっていたけれど・・・」

「ええ。殿はそうおっしゃってくださいました。けれど・・・私は姫様とは行かず、この館で殿にお仕えしたいと思っております」

「そう」  

この時代では髪を結い上げることが日常となっているが、公家から嫁いできた奥方はおろしている日が多い。姫もそのせいかいつもおろしていた。  

衣のように肩からさらりと髪が滑り落ちる。

「なぜ?」と言われているようだった。沈黙は夜の帳から降りてきたのかなかなか去らない。それでも重苦しい感じを持たせないのは彼女のもつ元来の性だろう。  

季節は冬。いや、初春だ。  

まだ、虫の声もしない庭。花も咲いてはいない。  

唯一梅が咲き始めたので、月明かりに照らされている。白梅と紅梅が咲いている。もともと小振りな花だが、同じく小振りである桜よりも見劣りがしてしまうのは何故だろうか。

「桜は間に合いますかね」

「え?」  

橘の言葉に一瞬戸惑ってしまった。おそらく農民。寛大なのか、間抜けなのか殿は橘を拾ったときに何も聞きはしなかった。戦があったことは知っているだろうから、戦災孤児と判断したのだろう。この時代は間者も多い。何も聞かなかったことは軽率とも思われる。ともあれ、橘はそのような身分から文官へと成長し、重きを置かれるようになった。  

橘は切れ者である。  

殿も奥方もそう認めている。何も言わなくても理由を問うていたのはわかったはず。奥方はそう思っていたのだ。

「何に間に合うと?」  

変わらず橘は庭を眺めていた。

「姫様の婚礼です。姫様は桜の、この庭の桜がお好きなので最後に見せて差し上げたいと思いまして」

「ああ、そうね。この子がこの桜・・・・この家を見ることも、この里を見ることももうないかもしれませんものね」  

私も嫁いでから帰れたことはないもの。  

そう思ったに違いない。帰れないことは幸せなのかもしれない。しかし、故郷を懐かしむ気持ちは消えない。

「奥方様」

「なあに?」

「私は姫様について行くことは出来ません」  

やはり橘は気づいていた。先ほどの奥方の視線に。

「私は・・・。私は・・・・」

「知っていますよ」  

梅の花びらがひらりと散る。

「知っています」  

厳格な奥方は知っていると言ったのだ。橘がどうしても言えないことを見て察したのか、それとも以前から知っていたのか。  

橘は傍に感じる大きな存在に目を向けることは出来なかった。

「お前、知っていますか?お前の名の意味を」

「・・・・」

「誰が付けたか知ってますか?」

「はい」

「では意味は?」

「知りません」  

橘。木の名前だ。それくらいしか知らない。  

そう思った。彼はこの家に入る時、名前を言わなかった。名を変えて新しい人生を歩みたいと幼心にも考えたのであろう。橘は殿に名前を与えてもらうこととなった。名前を授かることは、その人間同士の繋がりをも意味する。敵国ならば同盟。主君なら臣下。いい例をあげれば、弱体した室町幕府の将軍は将軍家の名を与えることによって臣下を留めたこともある。橘も主君となる殿からの名前によって繋がりが強まるはずだった。  

しかし。  

姫はそれを奪ったのだ。このころ日の本に古くから伝わる言霊信仰がどれほど残っていたかはわからない。もしかすると、橘が姫に執着するのはこのことも関係しているのだろうか。

―――父上。この者は私が拾ったんですよ。ですから私が名を与えます。

お前の名は橘よ。その名が示すとおり、私に仕えなさい。    ―――  

姫はそういった。しかし?

「ならばわかっているのではないの?」

「・・・・・」

「桜と橘。宮廷には欠かせないものね」

「ええ」  

すっかり夜は更けていた。夜の帳はもう庭先さえも見せてはくれない。侍女が奥方を探しに来た時、灯りを持ってきたので、うっすらと先が見えるくらいだ。姫にも掛けるものを持ってこさせていたので、姫は能天気なくらいぐっすりと眠っている。今や枕は橘の肩ではなく、膝になっている。

「右近の橘。左近の桜。一対を表すのに便利な言葉よね。姫がどう思って付けたのかわからないわ。けれど、傍にいろという意味で付けたのは間違いないわ。わかっているでしょう?」

「・・・・」  

わかっています。ずっと前から。しかし、それは何の意味もないことでしょう?  

思っても、口には出せなかった。

「立場は対等ではないけれど、姫にとってあなたは従者なのかしら?」

「無論です」

「そうね」  

灯がちらちらと風に揺れている。頼りなく、しかし消える気配はない。

「寒くなってきたわ。そろそろ夕餉ね」  

奥方は席をはずした。  

刹那。  

何か悲しげ。その言葉が似合うのだろうか?いや、違う。しかし、何か優しげだが冷たい視線を奥方は橘に投げた。灯の光では見えるはずもない。しかし、夜の闇とは違う何かを橘は感じなかっただろうか。  

奥方が襖を閉める音が何故か耳に残って離れなかった・・・。  

姫が寝返りを打つ。  

そして

「弘種様・・・・・」

と言うとだった。

 

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