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   三、夜の想い  

 

梅の花は盛りを迎えている。桜とは違い、色の違いのある梅は里の人々の目を楽しませ、そろそろ次に来る年の備えを始める気配を見せ始めた。普段ならそろそろ桜の花もちらほらと花開くはずなのだが、今年の桜の蕾は固かった。

「これはどうなさいましょう?」

「そうねぇ」  

格上のものに対する言葉使いの慣れていない者たちの声で館は賑わい始めていた。  

桜姫の婚礼の日取りが決まったのだ。  

本来館には入れないはずの農民たちまでが準備を手伝いにやってきた。先ほども書いたが小国。それは軍事的な理由から来るものだ。この時代なら軍事が整い、強ければ広く、弱ければ狭いか無くなる。それが国だ。つまり、この国は武器もなければ兵も少ない。攻めにくいという地の利、また場所的に取ったところで得にならないという理由のみで生き残っている。  

その国の姫。嫁ぐと言っても人質のようなものだ。  

無論、花嫁行列も質素である。しかし、花嫁行列は質素といえど準備は困難。そのために何人かの農民達が手伝いに来ているというわけだった。

「橘様、私達も姫様の手伝いをしたいんですがぁ・・」

「ええ。お願いします」

「何をしたらいいんでしょうかね?」

「そうですねぇ」  

照らす陽も暖かさをます。  

桜がほころび始めるのも目前だろう。

もうすぐ、姫がいなくなる。私の心もなくなるだろうか。  

橘は誰よりも花嫁の為に働いていた。人々の目には身分の上下に関わらず、目をかけられていた従者の働きぶりが当然のように映っていた。

「可愛がってくださった姫様の婚礼だものねぇ。嬉しいんでしょうね」

「そりゃそうよ。あれだけ姫様が目をかけてくださったんだから」

「でもついては行かないんですよね」  

女達は話が好きだ。館に奉仕する侍女達のほとんどが、ここ数日姫の輿入れで賑わいを見せている。

「殿様に御恩を感じているんでしょ」

「そうかしら?」  

女達の話はまだまだ続く。

「何?他に理由が?」

「いえね、本当かわからないけれど」

「何?何?」

「もしこうだったらなぁ。と思うと素敵なのよ」

「こうって何よ。教えなさいよ」

「ふふふ。もしよ、もし。橘様が姫様をお慕いしていたら・・・なんて考えてしまうのよ」

「でも、そうなら姫様について行くんじゃない?」

「馬鹿ね。向こうには姫様のお婿様もいらっしゃるのよ!だから残るんじゃない。姫様を好きだけれど、忘れられない。その為に離れなきゃならない。なんて素敵じゃなぁ〜い」

「ああ、そうかぁ〜。いいわねぇ〜」  

とまあ、このような会話も飛び交うわけだ。  

無論、どの侍女もただの想像で楽しんでいるだけで、本当だとは思わない。それぞれの話で自分が楽しめればいいだけである。  が。  

話が誰にも聞かれないはずはない。  

もし、姫の耳に届いても姫は「そんなわけないじゃない」とさらりと答えてしまうだろう。吉か凶かはわからないが、姫はその類には疎く、基本的に人の話はあまり聞かない(これはこれで問題はある)。そしてもう一人の当事者は、運が悪いことに姫とは全く正反対。 

人々の話には敏感に反応してしまう男であった。  

火のないところに煙は立たない  

殿のからいわれた言葉。これを信じ、人々の会話にはそれだけの情報が詰まっている。そう思って育った。  

武器のない国には、情報は何にも勝る武器だ。敵の動き、数、装備、地形。全ては情報から得るものだ。特に小国は兵の数では圧倒的に不利。故に、情報を駆使して勝利を導くものだ。文官であり、肉体的な動きの少ない橘は常人よりさらに情報には敏感になるのも無理はなかった。  

けれど、こんな話は聞きたくねぇんだけどなぁ。

「素敵ねぇ。絵物語の世界よね」

「橘様は凛々しい方だし。姫様と絵になるわ」  

有難うよ。  

素直に喜んでしまう。そんな所を持った男でもあった。

「橘様が姫様をお慕いしてたらねぇ〜」  

図星だ!ちくしょうぉぉ!!!!

と思った刹那。

「何を話している。もう明日は姫の輿入れだぞ」  

女達を解散させたのだった。  

噂話か。  

物語の中だけだと思ったんだがな。どうやら侍女たちの話の中でも私の夢は実現するんだなぁ。姫は物語が好きだが、そんな想像はなさったことがあるのか・・・。  

私と・・・・。  

言葉が続かない。己の中だけであるのに。言葉は詰まり、心の臓の辺りに詰まらせてしまったようだ。着物の上から握っても息苦しさは変わらなかった。息の通り道を栓で塞がれてしまったような。そんな感じだった。苦しく。喉も詰まっているようだ。  

どうしたらいいのか。私は。  

見上げた陽光はまぶしく、しばらくそうしていると、何もかもがぼやけて見えた。目が熱い。吹き抜ける風が何かを囁いているように思う。けれど聞き取れない。  

真白い陽は輝いている。けれど周りの空は曇っているように見えるのは、陽を見すぎたせいだ。  

橘はそう解釈した。  

が、頬の、体の熱りが陽光のせいでないことはさすがの橘も自覚している。  

梵鐘が響く。山並みに響き渡り、城へと届く。長く尾を引くかのように響くそれは、気づくといつの間にか消えている。  

夜の幕が下りてくる。  

月が既に出ていた。南に近い。陽光に隠れながら出ていたのだろう。  

空は全てを見ているのよ。  

姫の言葉が脳裏をよぎる。  

見ていたな。  

月は三日月。にやにやと笑う口のようだ。  

橘は「このやろう」と言って手ぬぐいを投げた。  

 

笑いこけている月のもと、宴会が催された。  

嫁入り前の最後の宴。終わり、夜が明ければ輿入れは明日に迫る。

「お前も呑め」  

殿の上機嫌な声が聞こえる。

「嫌ですよ、父上」  

上座にはお館を中心に奥方と姫が並んでいた。明後日には館をいなくなる娘に柔らかい視線が注がれている。悲しいような。嬉しいような。向かうは同盟国とはいえ、敵国とも言える。乱世の習いとはいえ、割り切れないのも親の情である。  

姫に側近く仕えてはいるが、後見もなく家柄、財産、伝統もない橘は自然と末席に座ることになっている。姫とは一番かけ離れたところである。姫がここに来ることはなく、退室する時に頭の上を過ぎる程度。その中で橘はいつものように姫を見つめていた。  

両親に囲まれ穏やかに笑う顔は幸せそのもの。見ている自分も幸せだった。  

それも、もう今宵までだな。  

明日になれば輿入れの準備で会うことは叶わない。自らそれを知っていた。依然として奥方は橘をつけることを諦めてはいないようだったが、彼に従う気持ちはない。  

これ以上見ているのは・・・辛い。  

本心だ。  

姫が弘種殿と睦まじくしているのを、この眼で見ろというのか。できるわけがない。お傍にはいたいが・・・・な・・。  

盃を、ぐいと飲んだ。

「おい!」

「はい?」

「何だよ。随分静かに呑んでんだなぁ!もっと飲めよ」

「継」  

継。尊称無しで呼んだが、男は橘よりもかなり格上の人間だった。分家筋の人間だが、本家に対する忠は家臣達に引けをとらず、本家の信頼も厚い。姫と親戚はあたり、年が近いせいもあり、幼い頃から城に出入りしていた男である。

継は橘が姫に拾われ、城に入った時期、剣の相手として所望した。

「お前、俺と同じくらいだな。ちょうどいい」

そして殴りかかってきた。それが継と橘の出会いだ。

「まあ、そうやって飲みたいってのもわかるがな」  

豪快に出てきたくせに、励ましが苦手なのか反省しているのか縮こまる。  

ああ、姫と同じ血だなぁ。  

ひょろっとした橘とは違い、継は武士という言葉を背負っているかのようにたくましい。経験は少ないが、剣の腕もなかなかだ。しかし、橘の様子を伺う仕草は逃げ場を失った兎のように見える。

「大丈夫だ。ありがとな」  

継の身分を考えれば、橘のところに来るのはおかしい。が、橘が継の席に行くことは出来ないので、宴ではいつも継は末席に来ていた。  

 

幼い頃殴りかかってきた。橘は殴られるまま耐えた。しかし、継は周囲が止めるのも聞かずに殴り続けたのだった。

「おい!やり返したらどうだ?!」  

馬乗りになり、下で血を流し始めた橘に継は問うた。  

赤く赤く流れる血で、着物は少し染まっていた。

「やめなさいよ!」  

遠くで姫の声が聞こえる。  

橘は思うが、実際はかなり近くで姫は叫んでいたに違いない。殴られた衝撃で頭がふらふらしていたのだ。脳震盪を起こしかけていたのかもしれない。

「・・・・」  

感覚の失いかけた唇を動かし、答えた。が、届かない。  

ガッ  

振り下ろされた拳は、もうこれで幾度目だろう。姫の声がもう聞こえない。でも、泣いているのだろうか。

「何だよ!はっきり言え!」

「どうぞ・・。わ、私は・・この家に仕えさせていただくものです」  

どうして・・。継が戸惑っているように見えた。いや、戸惑っていたのだ。  

橘の腹の上が軽くなった。そして・・

「なら、桜を殴る!いいんだな?!」  

今ならその言葉に真があったかどうかわかるだろう。しかし、出会ったばかりの相手を理解することはまず出来ない。まして、子供、殴られ思考力が低下していればなおさらだ。  

橘に継の背中が見えた。  

その、刹那。  

継は池の中に落ちていた。そして橘が立っていたのだ。  

橘が継を殴ったのだった。

「きゃあああ!」

「誰か!橘が継様を!」

「よい!」  

声変わりもしない、女子のような声だが、それには力があった。女などを止めるのには充分だったといっていい。  

侍女たちの混乱を池の中の継は一言で静止させた。

「橘!」

「はい」

「お前、やっと殴ったな」

「?」

「殴ったよな?」

「・・・」  

にやりと笑うと、池で薄汚れた顔から白い歯が見えた。

「いいんだ。お前は俺の家臣ではない。友人だ。父が言っていたことがある。争いは家臣ともする。しかし喧嘩をするのは友だけだと。許し許されるのは友だと」

「友人・・・」

「ああ!いけないか?」

「いえ!」

「そうか。お前がそう言ってくれて嬉しいぞ。喧嘩もした。もう、俺達は友人だぞ」

「継様」

「違う。継だ。お前は橘だな。手を貸してくれ。冷たくて叶わん。出たらお前の手当てもしてやるぞ」  

今度は橘が白い歯をのぞかせる番だった。

「有難う、継」  

継の伸ばした手には池の藻が付いていた。その手を引っ張るとぬるりと滑継は再び池の中へ、橘は庭に尻餅をついた。お互いを呆然と眺めて、二人は笑いあった。  

 

懐かしい。

「継は変わらないな」  

すんだ瞳。偏見を持たない柔らかな思考力。

いい男だ。

男である橘から見てもそう思う。無論、贔屓目ではない。

「何だよ。いきなり」

「いや、昔から偉そうで、自分が一番で、人を巻き込んで・・・」

「喧嘩売ってんのか?」

「いやいや」  

そうして、俺を楽しくさせてくれるからなぁ。  

継に注がれた盃をぐいと呑む。橘の口元は笑っていた。  

継は答えずに飲んでいる橘を不満げに見つめながらも、注がれた盃をぐいと呑み干した。  

月はにやにやと館の周りを廻り、西に傾いている。  

宴はやがて盛りを過ぎ、ちらほらと眠りこけてゆく者もある。動いているのは館の侍女たちがそれらの輩に布団をかけているぐらいである。  

橘と継の二人は縁に出て、月を見上げながら飲んでいた。

「月が笑っておるな。腹が立つ」  

そういったのは橘だった。

「お前がそういうのは珍しいな。何かあったのか?」

「いや、何も」

「月があれば、俺は酒が旨く感じていいと思うぞ。・・・・うん。旨い」  

継は胡坐をかき、柱に背を預け、月光を浴びている。橘は継のようにはなれない。先程手ぬぐいを投げた時の気持ちのままだ。にやにやと笑う月がなにやら憎たらしい。秋に取った木の実を肴に酒が進んでいた。が、酔えない。やけになって、次から次へと呑み続けたが、やはり酔えない。

「なあ、」

「何だ?」

「お前がいらいらしてんのは、やっぱ桜のせいだよな」

「・・・」  

沈黙が了解を示す。橘はまたぐいと酒を呑んだ。

「お前も嫁を取ればいいのになぁ。桜を好いていることは知っているよ。が、添えないこともわかってるんだろう。桜も嫁ぐ。お前も嫁をもらったらどうだ。望むなら俺が見つけてくる。祝言もあげてやる」

「いや、まだその気はない」  

橘に視線を送り続けているが、彼は答えない。それでも継は唯一の友から目を離せない。何故か月の光に溶けてしまうような、そんなはかなさを帯びているようでならなかったのだ。  

いくらひょろいからといっても、そんなわけはないよな。  

言い聞かせても、人間の思い込みとは強いもの。そうだと思えばそう思う。例え己だけでもそう思えば、そして強く思えば周りさえも引きずり込まれてしまう。それほど人間の思い込みとは激しいもの。  

継は自らそれにはまってしまったのか、それとも真実なのかわからなかった。

「継の気持ちは嬉しい。だが、俺は好きでもない女を妻とはできない。相手にも悪いだろう。姫のせいか俺のせいかわからんが、この年で俺はまだ女を知らん。だが、戯れに女を知りたいとも思わん。妻を娶ってもきっとそうだろう。自分を抱かない男を夫にしても女は不幸になるだけだ」

「男と女とは体のことだけではなかろう」  

継はすでに妻を娶っているが、こういう話になると落ち着きがなくなるのは昔からだ。見た目ではひょろっとした橘の方が苦手そうに見えるが、そこは育ちの違い。姫の傍とはいえ、幼いころは武者ばかりの部屋で寝起きしていた橘には恥ずかしいと思うことはない。

「体だけではない?」

「おう」

「心か?情か?」  

驚いたように橘は継を見ていた。

「どちらもだ」

「ははは!」

「どうした」  

継の答えに橘は溢れ出した水流のように笑い出した。声は大きい。静まり返りつつある館にいつもは響かない声が響き渡った。

橘は大きな声はまず出したことはない。継でさえ聞くことは少ない。今度は継の瞳に驚きの色が写る。

「心が体よりも繋がりやすいとでもいうのか?それなら簡単だ。だが、俺には心をつなぐことの方が難しい。この国で、俺が心を通わせているのはお前ぐらいだぞ?」

「それは、嬉しいな」  

豪快なところはあるが、素直であるのは桜姫共々血筋なのか。継は嬉しそうに唇に喜びを含ませている。

「だからな、俺には無理だ」

「何が無理なの?」  

男だけの低い音の中から、高く甘い音が響いた。  

無論、橘でも継であるはずもない。  

そこには姫が立っていた。

「うとうととしていたら橘の声が聞こえるんだもの。継と二人で何してるのよ。私も呼びなさいよ。それに、もう私は輿入れなんだしね」  

継に盃を求め、くいっと喉に通すと姫はすっかり腰を落ち着けてしまった。  

そう、姫は飲める口なのだ。姫君が酒を呑む。外聞もよくない。城内でさえよくないだろう。そして、殿や奥方も知らないことであった。

「もう少しちょうだい」

「お前なぁ」  

そういうのは継である。何を隠そう姫に酒の味を教えたのは従兄弟である継である。継が知っているのに橘が知らないはずはない。橘・継・桜は城に隠れて今までもこっそり月明かりの中で呑んでいたのである。

「いい月ねぇ」  

姫の頬がほんのりと桜色に染まっている。  

一陣の風が吹き、火照った三人の頬を撫でていく。庭の木々、咲き始めた花々も話をしているのかさらさらと踊っている。そしてまた風が吹く。

「あ」  

橘の杯に梅の花びらが舞い落ちた。夜の闇、月、そして梅の花びら。杯の中に小さな世界が出来たようであった。美しい。が、月の姿のせいかどこか恐ろしげでもある。

「綺麗ね・・・・。あ、そういえば何が無理なの?」

「え?」  

橘の膝の上にある杯から不意に姫は目線を上げて問うた。

「何がです?」

「さっきのよ。私が来る前に話していてこと」

「ああ」  

言って橘は継に目線を投げた。当の継は橘の眼を避け、なんとも言えない笑いを浮かべていた。

「ねえ!」

「いやな、桜。たいしたことじゃぁない。お前も輿入れだし、俺も最近嫁をもらったし、橘も嫁をもらったらどうだって話してたんだよ。こいつ一人になるしなぁ」

「橘がお嫁さんを?」

「ああ、桜もそう思わないか?俺としては妻の話をこいつとしてみたいと思うしな」

「おい、継」  

継は責任を感じていたようだが、そこまで率直に言っては・・・。と、橘は制止した。  

継の瞳が  

まずかったか?  

と言っているのがよくわかる。憎めない。だが、やはり率直過ぎる。  

当たり前だ。  

橘の瞳もそう答えた。  

そんな中、姫の二つの瞳だけがきらきらと光り始めていた。

「いいじゃない!お嫁さん!どこか好きな娘でもいるの?いたら教えなさいな。私から父上に頼んであげるわ」

「姫」  

止めようとするが止められない。

「うんうん。いいわよね。継、いいこと言ったわ。さすが私の従兄弟!そうよね、橘もお嫁さんを貰わなきゃ。そうよね、継」

「そうだな」  

もう、そうとしかいいようがなかった。

「酔ってませんか?姫」  

橘の言葉などもう届いてはいない。酔っているか、想像が暴走しているか、最悪どちらもか、なんにしろ良くはない。

「どんな方がなるのかしら。会ってみたいわぁ。祝言も見てみたいわね。でも、私も祝言だからなぁ。うふふ。見たいわ。遠くにいても見る方法ってないのかしらね。もったいない」  

姫は梅を愛でつつ笑い、そして話し続ける。梅からまもなく行われる自らの輿入れのことでも思っているに違いない。そして、今はそこに橘の祝言のことも思い浮かべているのだろう。  

紅梅。白梅。つまりは赤と白。確かにめでたい色ではあり、花という大抵の人間が祝い・喜びの象徴としても調度良いと考えるもの。姫が祝言に想いを馳せるのは仕方のないことだ。妾を持てる男とは違い、多くの女には一生の男が決まるのだから、そのことも含めて姫が思うのは仕方のないこと。  

が。   

橘のことがそこに入っているとなれば話しは別だ。  

十年程も想い続け、叶わないとはわかっている。しかし、  

好きな女に俺の祝言のことを想像されても嬉しくない。いや、空しいのか・・・  

と思う橘も当然である。止めようと試みても、夢を見るのを止められる自信がないのも、また、確かでもある。

「祝言かぁ。もうまもなく。弘種様にも会えるのよね〜。継はお会いしたことがあるのでしょう?どんな方?あ、でも言っちゃ駄目よ。もう会えるのですもの!私の殿になられるのよねぇ。きっと素敵だろうなぁ。私ね、弘種様と天気の良い日に桜と天を眺めて二人でゆっくりすることが夢なの。ああ、早くお会いしたいなぁ」  

言って見上げる空は星が散りばめられていた。今宵は月よりも星のほうが良い。明るく、ちらちらと光るそれはこちらに何かを訴えているようでさえある。

「弘種様も見てるかなぁ」

「寝てるんじゃないですか」  

橘、小さな抵抗。

「もう!そう思わせてくれたっていいじゃない。でも、今まで私が空を眺めていた時、弘種様だって見ているときがあったはず。まったく、そんなんじゃお嫁さん来てくれないからね。橘の馬鹿」

「いりませんからねぇ〜」  

胡坐をかいている足を組み替え、飄々と言ったが、無論姫には気に食わない。

「嘘ばっかり」  

本当です。私が欲しいのは・・・あなただ。  

思うが、顔はにやにやと笑っている。それが橘であり、今までの姫との生活の中で習得してしまったこと。いきなり変えられるはずもなく、今もそれが出てしまっているのだった。  

その時。  

また風が吹く。闇の中を。  

しかし、庭の木々も花々も揺れてはいない。  

気づくと継の後ろに一人の男がいた。従の体勢をとり、継に控えていた。  

小柄で身のこなしが素早い。今の風もこの男が起こしていたのだろう。  

足音も気配もなかった。・・・忍びか?  

継は気づいていないのか酒を舐めている。  

橘は狙われることはないが、姫はもちろん、継は姫が一人娘である為、この国の後継者としての可能性があり命は狙われやすい。また、人々の目から見ても人徳もあり、武にも秀でている継がおそらく最有力の候補でもあるのは明らか。実際、襲われたことも橘は聞いたことがある。  

刺客ならもう継か姫が死んでいる。危険ではない。  

思いつつ、身をそっと動かして継と姫の間に座りなおす。姫の前を塞いだ。  

なくなった杯を見て、自ら注ぎ、継は首を上げて呑み干した。

「継様」  

お、女か?  

意外にも、男(と勝手に思っていた者だが)から発せられた声は女のようだ。三日月は光が弱い。相貌も姿も燭台に遠くおぼろで見えないが、男の格好をしていることは確かだ。

「何だ。何かあったんだな。お前達が俺と父上以外の人の前に現れるのはよほど急ぎと見える」

「はい。実は・・」  

継の家に仕える忍びか。

ほっと、息をつき、体全体に広がった神経が緩められた。姫には危険のないことがはっきりしたことで気が緩んだのだ。しかし。

ちらり。  

ん?見られているな。  

継に報告するはずの声も聞こえてはこない。男か女かはわからぬが、この忍びは橘・そして姫さえも警戒している。

「よい。二人に聞かれて困ることは俺にはない。ああ、あるならお方のことくらいだな。なあ、橘」  

お方。継は最近娶った妻をそう呼んでいた。  

忍びの者に背を向けたまま、継はいつものような態度を崩さない。いや、言葉が威を含んでいることが違うが、それは家臣に対するそれ故だろう。

「では、申し上げます。戦が始まりました。戦場は絽。兵力は・・・」

「何ですって?!」  

言葉の行方を姫が遮った。この者が現れても取り乱すことのなかったことは、立派だが、今はその片鱗すらない。

「かまわない、続けろ」

「弘種様は?!!!」

「姫、落ち着きを」  

三様の返事が出た。取り乱し、忍びの者に走り寄ろうとする姫を橘は取り押さえる。橘とて男。姫がいくらあがいても振り切ることは出来ない。それでもその腕の中で姫はどうにかして進もうと辞めない。

「教えて!お願い!弘種様は?教えて。お願い!!!お願い・・・」  

さすがに継も面を向けて詳しく聞き入っている。

「なぜ・・・」  

腕の中の姫はそれしか言わなかった。  

言葉は人を落ち着ける。姫は自らの言葉で落ち着きを取り戻した。もうあがこうとはしない。  

香が橘の鼻をくすぐる。上等な姫の打掛を腕の中に感じる。  

なのに、橘に姫の顔は見えない。そして気持ちも・・・。いや、見たくないのかもしれない。分かりたくないほど、姫の気持ちはわかるのだ。  

近くにいるのに。私は。  

瞬間。  

顔はやはり見えないが、胸に大きな力を感じた。いつも感じる胸の痛さではない。人為的なもの。姫が顔を押し付けていた。  

・・・・・・  

何かを言ったようだが、聞き取れなかった。懐をつかまれ、橘も身動きが取れない。  

橘の着物は濡れていた。  

 

状況は知れた。  

敵兵約千。絽の現在国にいる兵約七百。  

どうやら城を取り囲まれたらしく、籠城戦になったようだと伝わった。    

もう、館中に知れ渡ったのだろうか。  

三人の酒宴も中断。継は自らの城へ、姫は侍女に付き添われて自室へと戻っていった。その小さな背を見送り、橘も城の隅に与えられた自室へと戻ってきたのだった。  

姫はどうしているだろう。弘種殿のことを思われていることは確かだが・・。天を眺め、何を思われているか。震えているだろうな。  

机に向かい、さまざまな思考が思っては消え、また現れる。正座し、目を瞑る。何も見えないが、こんな隅の部屋にさえ城のざわめきが聞こえてくるようだった。  

奥方様はきっともう戦の準備に追われているだろう。  

殿はどうしただろう。絽から使者がもう来ただろうか。  

姫・・・。  

身じろぎせず、思想に耽る。が、思うのは姫のこと。かの姫を助ける道は一つ。それはわかっている。  

弘種殿の無事を確認すること。そして戦からも無事に戻ってくれば姫は安心するだろうな。  

そして、  

俺も行こう。絽へ。  

と、心を固めた。  

机には書物、巻物、自らの書いた物が溢れ、最近自らが作った棚にも綺麗に並んでいる。その一番下の段。そこには表紙のかわりに黒くなった紙が束ねられていた。元々は一枚一枚個々のものだったが、橘が紐を通して書物のようにしたのだった。紙の他にも千切れた麻などの布まで綴じてあった。  

表紙をめくり、初めの紙には「馬鹿」と何度も書いてあった。なんとも馬鹿げたことではあるが、橘にとって文字とはあの時姫が教えた「馬鹿」がやはり初めてのものなのだ。二枚目にも布に何度も書いた跡で「馬鹿」と書いていたことが知れる。布なら洗えば何度も書けるだろうと、当初、橘はそれで練習していたのだ。まだまだ紙は高価な代物。手に入れることは難しかったのだ。一年ほど続けていた時、殿がそれを知って橘を呼び出し、それ以来橘は勉学に励むようになったのだった。  

また、めくる。  

次は仮名で「さくら」「たちばな」と書いてある。この時代、女は仮名を主に用いるが、男子はまだ漢字を主として用いる。橘も漢字を習っていたが、姫が橘に教えたい(きっと先生の気分を味わいたかったと思われる)というので、習ったのだった。  

あの時の思いは忘れられん。  

初めて全てのものにこうして文字が存在し、己も姫と同じように持っている。それが当然ながらひどく嬉しいものだった。文字を知ることは、世界を広げ、視界も広がり、今までの世界がさらに鮮やかに見えた。  

桜 さくら 桜 さくら  

橘 たちばな 橘 たちばな  

そのように続き、やがて日記へと変わっていっている。文字を覚え、文章を書ける喜びか、自然に橘は毎日のことを記すようになったのだ。  

姫がまた弘種殿の話で盛り上がった。俺は何と言えば良いのか・・・。聞きたくないとでも言えと?出来るはずがない。  

などと、素直なことを書いている。文字を読める身分の上のものが橘の自室に来ることなどない。来るとしたら継くらいだ。しかし、その継は全てを知っているし、言っている。その為、安心して気持ちを書いていられる。日記は橘にとっては友人のようである。  

今日が最後かもしれんな。何を書くか。  

・・・・・・ む・・・。決まらん。最期かもしれんしなぁ。辞世の句でも書くか?

笑い事にもならないとは思うが、小国=弱国の武士である者が帰ってこれる保障などない。今回は手伝い戦とは申せ、その「手伝い」とは過酷であるだろう。舞台は絽であることは救いでもあるが。殿軍を務めることにはならなそうだからだ。殿軍とは、戦で敗走の窮地に落ちた時、大将の軍を逃がすため敵と戦う軍をいう。置いていかれることもあり、死者を最も多く出す軍と言える。が、今はない。が、最悪の場合、囮・矢面に立たされることはあるかもしれない。

弘種殿は今何をしておられるか・・・。姫のことを考えているか・・?そんなことはないな。戦のことだけだろう、考えるのは。

弘種も今は微妙な立場となっているだろう。城主の息子、その上嫡子である。勝つか、首が離れるかだ。それとも、もう一つ、服従の道を選ぶだろうか。首には魂が宿る。首を獲れば魂を支配できる。そう考えている者もいるせいか、首は武者達の何よりもの土産となる。身分が高ければ高いほど。

俺が寝返って弘種殿の首を獲り、万が一城主にでもなれたら姫を手に入れられるのか。

脳裏に恐ろしい思想がよぎる。 灯火に照らされた橘の口元がふと笑いを含んだ。

出来るはずがない。姫が泣くからな。弘種殿を想って。

―――家にあれば笥に盛る飯を草枕旅にしあれば椎の葉に盛る―――  

ふと古の有間皇子の挽歌が浮かんだ。  

萬葉集はあまり読まなかったが・・・一巻で飽きたんだよな。俺は歌詠めても仕方ないし、嫌いだからな。でもこれは覚えがある。ただ死の悲しみを歌ったとばかり思っていたもんだ。  

橘は字は読めるようになったが、歌にはあまり興味を示さなかった。また、お館も下級武士が詠めても仕方がないと師をつけるようなまねはしなかった。姫の勉強につき合わされ、覚えてしまっただけだ。そして、少ない文字数で伝える隠れた気持ちを読み取るのは苦手であった。  

この歌に出会ったときも。  

葉になぁ。俺は別にかまわん。が、皇子ならば辛いんだなぁ。と思う。それだけであった。

口に出し詠んだ時、後ろにいた奥方が言った。

「あら。萬葉集?私はあまり読んだことはないけれど、その歌は知っているわ。まだ嫁いで来る前、都で聞いた事があるもの。いい歌ね。とても悲しくて仕方のない歌ですけれど・・。もし・・。もし、殿がそういうことになってしまった時に歌ってくれたら私は幸せね」

「なぜです?」

「ふふふ。お前はその歌を読んでどう思ったの?」

「いえ、私はただ辛いとしか・・・」

「そうね。歌は人によって受けるものが違うから仕方ないわ。私はね、その歌は妻のことを思い出していることを詠んだものだと思うの。家で妻と食事を取るのが懐かしい。幸せだった。そう思って詠んでいると思うわ。死んでしまわれる時に思い出してもらえる。それは幸せではないかしら?なんて、実は受け売りでもあるんですけれどね」  

そう言った奥方が眼の裏に映るようだった。はにかむような、少女のように笑って話す姿が浮かぶ。  

俺がそう思うのは・・・・やっぱ姫か。でも食べたことないからな。意味が通らん。  

死ぬ前に、俺が姫を想ったら少しは喜んでくれるのか。俺に想われて嬉しい人間がいるのか。わからん。いや、継なら泣いて喜ぶかもしれんな。  

今まで長年書かれてきた自らの日記をぱらぱらとめくり、最期の日記を考える。が、やはり歌は無理だとあきらめた。  

日記とは全ての心の内を書けるものではない。誰かに見られたら・・・と、見えない不安が襲うためであろう。それは現在も橘の生きる世でもそうである。間者などの存在もあり、橘はさらに書くことは狭められる。  

これで最期。それならば。  

今までに書けないものがあった。形に残らぬとも良い。伝わることなどは一も望んではいない。けれど湧き上がるものがある。ふつふつと。先ほどまでは静かな水面を心の奥でたたえていたものが突如勢いを得たような。  

現世に残すか?  

姫は天を信じていても、さまざまな書物からの影響を受けた橘には、やはり仏教の教えを信ずる心が大きい。現世に残してしまうにはあまりに罪深い。自らの中で最も執着のある強い想い。  

物欲・権威・位・金・・・・・さまざまなものが人にはあるだろう。  

橘にそのような望がないとは言えない。無論あるだろう。しかし最も強いものは・・愛であった。  

残しても良いのか?  

浄土に行けなくなるかもしれないな。が、いい・・・か。  

すでに全国に広がっている思想。浄土思想。強い思いを現世に残すと浄土へ行けなくなるという。が、それも覚悟の上だ。  

少ない油がもうすぐ切れそうだ。取りに行ってもよいが、明日は出陣。その必要もないだろう。明日はもういないのだから。  

わずかな灯火のもと、墨をつけ、日記を記した。  

寝床にもぐりこむ。  

月はとっくに沈み、灯火も音を立てて消えた。  

染み込んだ墨の香だけが漂う。  

 

出陣は、明日。

 

 

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