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 六、散華

 

「もうすぐですねぇ」  

あれ以来、姫付きの侍女となった童女が歌うように言って笑う。

「そうね、舞」  

舞とは童女の名だ。橘がいなくなり、姫付きの侍女が必要となった時に初めて知ったのだが。  

橘は姫と共にいることが多かった。むしろ始終傍にいた。女でなければ出来ないことも多かったが、傍にいる役目はほとんど橘が請け負っていたので、姫付きの侍女といっても名ばかりの者が多かったのだ。

いなくなり、始終その侍女たちがいるのが何だか嫌で、姫は舞を指名して姫付きにしたのだった。

「これもきっとお綺麗ですよ。一度袖を通してみてはいかがですか?」

「そうね。でも、いいわ。どうせいつかは着るのだし」

「そうですか。でも、姫様ならきっとどれもお似合いですよ。弘種様はお会いしたことがないのに、姫様をわかっているようですね」

「そうね。嬉しいわね」  

それはとても嬉しいのだけれど。弘種様もこの頃は随分優しいお手紙を下さるし。私を望んで娶ってくれるのなら、政略結婚とはいえ、幸せだと思うわ。  

婚礼衣装が作られ、袖も通した。しかし姫は、弘種からの贈り物に袖を通そうとしなかった。  

橘との兄弟のような関係は周知のこと。奥方さえも橘の行方知れずの報を聞いてからどこか悲しげに見える。無理もないと皆納得していた。舞もその例外にはあらず、やはり姫が元気のないことは知っていたが、贈り物などを使って、何とか励まそうとしているのだ。それも甲斐のないことだとは知ってはいたが。  

もちろん周りの気遣いを、姫もとうに気づいていた。有り難いと心から思っていた。実際、そこまで態度には表れないが、舞がいることで随分楽になった。

「有難う。もう大丈夫よ。いつも励ましてくれて有難う、舞。感謝しているわ」  

先ほど舞が見せていた打掛を手に取ると、静かにつぶやいた。

小さな小さな声。

しかし傍にいる舞にはよく聞こえた。姫は舞にだけ聞こえるように言ったのかもしれなかった。  

舞は驚きと、嬉しさでいつものように頬を高潮させる。

「そんな。感謝だなんて」

「いいえ、本当に私の為に。有難う」  

自分より小さな舞の手を両手で包んで、姫の声がまたかすかに響く。

「姫様がお元気になられれば私も嬉しいですから」

「有難う」  

二人で笑いあうと、そろそろ日も暮れてきた。

「寒いですね。もう桜は咲いたというのに」

「そうね、本当に。もうこの桜は見れないと思っていたけれど、見れて嬉しいわ」  

桜は満開だった。何本もの桜があれば海のような桜色が目の前に広がるが、庭には数本しかない。それでも、春風が枝を躍らせる度に、ちろちろと花びらを落とし、その光景は美しかった。

「私はもう休むわ。一人にしてくれるかしら」  

一通り片づけが済むと、そう言って舞をさがらせた。  

舞が退室する前に布団をひいてくれたが、それには入らず、縁に出て、姫は一人桜を眺めていた。日が沈んでも、月が現れても。  

梅と異なり、桜の香は強くない。香りで桜を感じることは難しかったが、その分桜には存在感があった。いや、そう言い切れはしないが、少なくとも姫にはそうだったのだ。  

月明かりに照らされる桜は美しい。昼の姿とは違い、妖艶というのか妖しげな魅力を辺りに知らせている。  

ちろりちろり  

花びらが散る。枝を離れたそれはすぐに見えなくなるが、月光が当たる地につくと、また輝き始める。  

見れないと思っていたけれど。嬉しいのかしら?本当なら弘種様のお館の桜を見ているはずなのに。でも、本当にこれが最後なのね。  

はらりとまた花びらが地に付く。  

私、あなたを大好きだったわ。春のあなたを見るのがとても楽しみだったの。同じ名前ですもの。ううん、きっと名が違っても、私はあなたが大好きだったと思うわ。  

心の中で桜に話しかける。  

とうの桜は答えているのか、風もないのにはらりはらりと花びらを落としている。

「綺麗ですね」  

後ろから声がした。低い声。私はこの声を知っている。私の声のようなものだ。

「今年は咲く時期が遅かったのでしょうかね」

「そうね、少し」

「姫様。久しぶりです」

「久しぶり、・・・橘」  

 

会いに行くべきか。このままこの地を、この世界を離れるべきか。  

橘は迷っていた。  

戦は勝った。敵は物資補給阻止に躍起になり、その間に殿の率いる本軍の周りの敵軍も手薄になった。継を含めた重臣達は殿を守り、見事城への道を切り開き、敵軍にも痛手を負わすことが出来た。  

絽の城に入ると、種晴・弘種の親子が出迎え、その中で新たな戦略が立てられ、打って出て敵軍を退けることに成功したのだった。  

橘はそれを敵の手から必死に逃れ、あとからしずから聞いた。  

傷を負ったということはなく、ただ必死に慣れない山中を逃げ、状況がわからないので動かなかったのだった。しばらく経ってから戻ろうと思っていたが、その前にしずが橘を見つけたのだ。  

しばらくしずの世話になり、味方の軍が国に戻った頃、橘は絽の城に招かれた。同じく絽の忍びが橘を見つけたのだ。断る理由もなく素直に要求に応じ、初めて弘種に会った。

「この度の戦、本当に感謝している。橘殿の戦略とも聞いた。これは感謝の印。何か他に望むことはありませんか?」

対面して、多くの財を橘に差し出し、弘種はそう言った。  

噂では美男子と言われていたが、噂でもてはやされるほどでもなく、かといって醜男というわけではない。どちらかといえば美男子の部類だろう。  

なんだ、絶世の美男子と聞いたがやっぱり違うじゃないか。  

正直、橘はそう思った。しかし、高貴な物腰、優しげな性格のにじみ出たいい男だとも悔しいが思ったことも、本当だった。

「ないです」言ったが、考えて「では」

―――私は今のまま行方知れずとしてください。絽でも我が国でも。そして出来れば私を間者として使ってはいただけないでしょうか―――  

これが橘の要求した願いだった。  

弘種はさして理由も聞かず「いいだろう」と、その要求を呑んだ。  

理由は聞かなかったが、

「橘殿がいなくなって、桜姫は随分元気をなくされているようですよ」

と言った。  

 

会うべきか会わないべきか  

ぐるぐるとまわり、結局答えがでない。  

このまま国にいれば、弘種様との婚儀を聞くのか。姫のことだ、俺に手紙もよこすだろう。弘種殿とのことを書かれ手紙を。俺がそれを受け取るのか?見るのか?  

・・・・・・

耐えられるわけねぇだろう!!!!!!!!!!  

いっそこのまま行方知れずいいかもしれないな。だが、姫の役には立ちたいだ。  

思って決めたことが弘種への要求だった。弘種の間者ならば姫にも会わないが、姫の役には立つだろう。また、弘種を見て、誠を誓える相手だと思えたこともある。  

このまま生涯姫には会わない。  

決めたのに、俺のせいで元気がないのか・・・。  

やはり一度会うか・・・。  

橘は国の唯一の抜け道を使い、城へと入った。見張りの交代時間も熟知している。いつが入りやすいか、誰の時は居眠りをするのか、全て知っている。その知識を使い、誰と会うこともなくやすやすと城へ入ったのだった。  

姫の部屋にたどり着くと、縁に向かっている後姿が目に入る。変わらない。愛する姫のまま。嬉しいのか。悲しいのか。しかし、噂通り悲しげな背中でもあった。  

桜を見ているだな。あんなに待ち焦がれていたからな。

「綺麗ですね」  

どんな反応が帰ってくるのか。鼓動が激しくなった。が、何も帰ってこない。  

気づいていないのだろうか。それともまた寝ているのか?  

もう一度、

「今年は咲く時期が遅かったのでしょうかね」  

言うと、

「そうね、少し」  

すぐに返ってきた。既に懐かしいと思ってしまう。聞きたいが、聞くことを拒んでいたのだから。それでも聞きたかったことに変わりはない。狂喜の渦が体を支配する。

「姫様。久しぶりです」

「久しぶり、・・・橘」  

くるりと姫が橘を振り向く。

「どうして帰ってこなかったの?私も母様も心配してたのよ?」

「すみません」  

かつて「いつも」と呼んでいたような会話だ。もう二度とあるまいと決めたのに、どうしてこうも嬉しいのか。どうしてこんなにも姫が好きなのか。

「理由になっていないわ」  

少し声色を強くして橘に挑む。

「それはですね、私が姫を・・・」  

言えるわけが無いだろう。お前は何を考えてるんだ  

自分自身が責め立てる。つい、会えた喜びで気が緩んだらしい。最も姿をくらました訳を言ってはならない人物なのに。  

座っていた姫は立ち上がり、橘の傍に歩み寄った。  

佇んでいるしかない彼は、このまま距離を狭めようとは思っていなかった。しかし、姫から来られては拒めない。顎の下に姫の頭が見える。  

その時。

「私が好きだからとかいうじゃないでしょうね!」  

胸倉をつかまれ、首に痛みが走る。思い切り下に引っ張られ、腰を折った。

「姫?!」

「好きって言っても、あれよ。愛とかそういうのよ。私見てしまったのよ。橘の日記!」  

見られた?あの日記を?

「姫」

「知ってしまったわ。ごめんなさい。日記なんて見てはいけないの、知ってるわ  

力が緩められ、首が自由になった。姫は下を向いたままだ。そしてまた「ごめん」とつぶやく。  

どれほど俺がこの姫を愛しているか。わからんだろうなぁ。読まれたくなかった。いや、読んで欲しかったと思っていたのも本当だ。これは本望なことだ。  

襟元を直し、姫の肩に手を置くと、

「謝ることはないですよ。本当のことですし。それに私はあなたのものなのでしょう?」

「でも、隠していたじゃない」

「いや、姫が鈍感なのでしょう」

「そんなこと!」  

むきになって、橘を見上げた。

「やっと顔を上げてくれましたね」  

これが最後。想いをかみしめ、この姫を忘れることなかれとじっと見つめる。  

その視線に気づき、姫は少し視線を外す。頬を赤らめていたが、暗い部屋の中ではそこまで見ることはできない。

「これからどうするの?」  

姫が問うと、

「忍びになります」

なれるわけないじゃない!幼い頃から訓練している者じゃないのに!」

「では、間者」  

にやにやと。

はぐらかしてるの?」

「いいえ。本当です。もう、姫とお会いすることはないでしょうね」  

本当に。ずっとあなたの傍にはいます。でももう、会うことはないでしょうね。

「どうして?」  

不思議そうに首を傾げている。もう寝るだけだったので、髪も少し乱れていたが、それでも愛らしい。

「さっきご自分で言ったでしょう?私は姫が好きだから会わないのです」

「どうして?好きなら会いたいと思うものでしょう?私は弘種様にお会いしたいもの!」

「それですよ。姫の口から弘種様のことを聞くことが耐えられないのです。私のことを想って欲しいと思ったことはありませんが、他の想い人の話を聞くのは結構辛いのですよ」

「・・・・」  

再び下を向いてしまった姫を堪らずに抱きしめた。包み込むように。ほとんど手の力はなく、姫自身感じることはない。それくらいの力で。それが橘の精一杯だ。  

今まで有難うございました。  

心はそう言っていた。姫に伝わるだろうか?  

伝わらなくてもいい。  

姫は慌てるふうもなく、橘の腕の中でじっとしていた。  

そして、かすかに姫の首が橘の胸にもたれた。  

有難うございます。姫。

「すみません。すぐに離しますから。ただ少し。私は姫の幸せを願っています。私だけではない。殿も奥方様も。私のせいで元気をなくすのはおやめ下さい。どうかお健やかに」  

そう言うと、橘は消えていた。暖かな存在がなくなり、春とはいえ涼しげな風が部屋に吹きぬけた。  

姫を支えるものはなくなった。  

その支えの跡に、白い桜の花びらが風に運ばれたのか、ひらひらと落ちた。  

また涙がとめどなく落ち、枝先の花びらもはらはらと散り、地に花を咲かせている。  

 

春に行われるはずだった婚礼は秋になった。  

花嫁は出立前、庭の橘の実をとった。

花嫁は両親との別れを済ませ、国の人々とも笑顔で別れをした。  

にこやかに。  

人々はなんて幸せそうなのだろうと、口々に言った。  

だが、知っているものがあろうか。  

籠の中の花嫁を。  

橘の実に落ちた涙が弾けたことを・・・。

 

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