ギャルズタウンのお好きな街にあなたのサイトの看板を出せます。 ギャルズタウンをご利用いただいているレジデントの皆様に参加していただきたいです。 21000人以上の皆様にご利用していただいている無料サービスです。 ギャルズタウンのヘルプ委員、メイヤー、レジデントの皆さんが真心を込めて作ってくれたヘルプページです。 ギャルズタウンの案内ページです。 商用サイトを運営なさっている方のための相談・提案サービスです。
ギャルズタウンの総合トップページへ!
Click here to visit our sponsor

 

 

 

春であった。

空はどこまでも澄み渡り、清々しい風が頬を撫でる。

青空に流れ行くのは、白い雲。そして降り注ぐのは優しい春の日差し。

ひらり。

ひらり。

空を淡く染めるのは桜の花びら。

咲き誇る桜の巨木は、音も無く花を散らせている。

ゆったりとした時間が流れていた。

 

ここは、とある貴族の邸宅。南を表とした一般的な寝殿造。南向きの寝殿を中心に、東、西、北に対屋があり、これらを渡殿で繋いでいる。東の対から長い廊下を南に進むと、泉殿があり、池に続いている。

貴族達は、自分の屋敷の庭に山や川を造り、四季折々の植物を植えるなどして風流を楽しむ。春は桜を眺め、夏は鑓水のせせらぎを聞き、開きは紅葉、冬は雪。それでも飽き足りない雅な都人は、朝日に、夕日に、あらゆる自然に趣を感じる。

今、泉殿の中からは満開の桜を臨むことが出来る。舞い散る桜が池に映る姿が素晴らしく美しかった。そんな泉殿には、虚ろに空を眺めている青年の姿があった。

空の青より濃い色の直衣が舞い散る桜に映えている。満開の桜が淡い花弁を散らせても、彼は大して気に止めない様子で、ただぼんやりと空を眺めている。華やかな横顔だったが、どこか寂しそうな瞳だった。

烏帽子から流れている一筋の髪が、ふわりと春風を受ける。

 青空には、ぽっかりと白い月。

 流れ行く雲の中で、ただ一つ動かぬその月は、何故だか少し寂しくて。

 青年は、白い月を見つめると、そっと目を細めた。

 

 

 ここは暗闇だ 

ここには誰もいない

 

時折、風が吹きすさぶだけ――――

 

〜冷たい月の夜に〜

 

【一、十六夜の月】 

時は平安。

陰陽五行が行われていた頃。この世の万物は五つの要素で成り立ち、人間達は闇と共に暮らしていたという。

大内裏を中心に、南北を朱雀大路で貫かれた都、平安京。桓武天皇によって遷都されたこの都は、栄枯盛衰を繰り返しながらも、千年の時を刻むことになる。

東の鴨川、青龍。西の山陰道、白虎。南の巨椋池、朱雀。北の船岡山、玄武。四神獣に護られたこの都にも妖怪達が住み、数多くの百鬼夜行までもが目撃されていたという。

華やかな王朝文化が作り出した禍禍しい物の怪達。平安の物の怪は百鬼夜行し、暗闇の辻に潜む。

真の闇を見つめ、人々は震えた。

己の中の、小さな闇を思いながら……。

 

 

 

如月。太陽暦で言うところの三月の終わり。春とは言え、夜は冷える。

夜の朱雀大路を一台の牛車が走っていた。辺りは静まり返り、月が深々と降り注いでいる。

 天空に輝くのは、十六夜月。

……ご覧、美しい月だ」

牛車の中から聞こえくるのん気な主人の声に、牛を引いている少年はぎょっとした。

「高明様、こんな月夜に簾を上げては誰かに見られてしまいます」

慌てる少年に彼はふっと微笑を漏らす。この上なく上品な笑顔。彼は生まれながらの貴族なのだ。

「今更気にすることはあるまい。私の浮名はもう聞こえているだろうから」

彼の顔は月光に照らされて薄っすらと輝いているように見えた。

身分の違いとはかくたるものか、小さな少年は主人を見るたびにそう痛感していた。

主人の名は藤穂高明。御歳二十の少し前である。位は五従六位上。六位蔵人という官職についている。若さゆえ、今は新蔵人だが、多くの人に出世を期待されている。

翳りというものを少しも持ち合わせていないようなこの人は優しく朗らかに笑う。美しい文字を書き、素晴らしい歌を詠む。趣味で笛を吹いているかと思うと、剣椀のほうも誰にも劣らない。比類なきその美貌も手伝って、彼の人気は留まる所を知らないのである。

「高明様、本当に……行かれるのですか?」

弱気な少年の発言に車の中から答えが返ってくる。

「ここまで来て行かないわけにはいかないよ。美しい姫だという話だ。どんな方なのだろうね」

少年は彼の行動にどうも賛成しかねていた。仕える身分の自分が恐れ多いとは思っているが、少年はこの優しい主人の楽しそうな顔を見たことがなかった。彼はいつでも朗らかに笑っていた。でも、どこか違っている。大勢の者達に囲まれ、笑い合っている時でさえ、彼の目は違う物を見ていた。主人が時折、ふと寂しそうな瞳を見せることを少年は知っていた。

(どうして、好きでもない姫君の所へ通って行かれるのだろう?)

しかし、少年がそんな素朴な疑問を口にしても、主人は曖昧に笑って誤魔化してしまうのだ。

「なあ、清彦。この都のどこかに、かぐや姫はいるのだろうか。あの月にまで行ったなら、女神に出会えるだろうか……」

簾を掲げている高明は、燦然と頭上に輝く月を眺め、愛しそうに目を細めた。

「あの、『なよ竹のかぐや姫』でございますか?」

「子供っぽいと笑うかい?」

 僅かに笑いを含んだ主人の答えに、清彦は首を振った。

「手を伸ばせば届くようなのに、本当はひどく遠い所にあるのだろうな……」

「……お寂しいのですか?」

口から自然とそんな言葉が出た。あわてて口を押さえる。

高明は驚いたような顔つきになったが、形のいい唇をふっと綻ばせ、また月を眺めた。

「こんな月夜には誰だってそういう気持ちになるものなのだよ」

高明は意外にも鋭い少年に自嘲ぎみに笑って見せる。

そう、寂しかったのかもしれない。

望まなくても手に入った貴族の地位、華やかな毎日、花のような姫君たち。毎日が楽しかった。しかし、心のどこかが乾いていた。

時々どこかで風が吹くのだ。乾いて、砂にまみれた風が吹くたびに、心を虚無感が襲う。

(一体、何をしているのだ?)

仲間達の話を聞くのは退屈ではなかった。だが、彼らのように姫に心躍らせたようなことなど一度もなかった。

籠の中の小鳥のように、屋敷の奥でひっそりと暮らしている姫君達。美しいと感じたとしても、それだけだ。それ以上の感情を与えられたことなどなかった。

だからかもしれない、誰の所に通っても心が満たされることはない。美しい姫も、聡明な姫も、愛しいと思ったことはなかった。自分でも酷い男だとは思っても、仕方が無いのだ。求めてもそんな女性はここにはいないのだから。

(……悲しい男だな……そして酷い奴だ……)

 姫の屋敷に着くと、高明は一人中へと入っていく。その後ろ姿を見送りながら、清彦は心から願う。あの優しい主人の心からの笑みを見ることが出来たら、と。

 月はゆっくりと位置を変えながら、天空で淡く輝いている。柔らかな月光が、平安の都を包んでいた。

 

*   *   *   

 

「高明殿」

 高明が振り向けば、そこには三人の見知った顔があった。中でも一番人懐っこそうな笑顔を浮かべている青年は、粟田道風。年齢的にも近いためか、道風は高明と懇意にしている公達の一人である。

 年齢的に近いと言っても、年より大人びて見える高明に比べて、その笑顔のためか、道風は年よりいくらか幼く見える。曲がったことが大嫌いで、裏表の無い性格の道風だが、ただ一つ悪い癖を持っていた。

「あの噂をお聞きになられましたか?」

 彼はどうも噂が好きらしいのだ。しかも、彼はそれらの噂をそのまま鵜呑みにしてしまう。純粋な性格だからだ、と言う者もいるが、要は単純なのだ。道風を知る人々は、それさえなければ、と口をそろえる。

「噂? 否、存じませんが」

「少納言殿の噂ですよ」

「少納言殿と言うと、あの、行方知れずになってしまったという方かい?」

 男達は過去を見合わせながら頷く。

「何でも、恐ろしい物の怪に食われてしまったとか」

「滅多なことを申されますな」

 呆れたような高明に、道風はまじめに首を振った。

「高明殿は、物の怪など少しも信じておられぬでしょうがね、私は信じておるのです。それに、昨今は恐ろしうて、出かけることも出来ませんからなあ」

 道風の言葉に、他の二人も納得した様子で頷き合った。

「まぁ、確かに。今、都を騒がせているあの鬼の話もありますし……」

 本気でおびえているような男達に、高明は微かに苦笑を浮かべた。

「それなら私も知っています。あの禁色の衣を纏った鬼のことでしょう?」

 今、平安京で噂されている鬼。その鬼は、禁色の衣に血色の目をした男だという。

 何でも、ある下人が雨に降られ、 仕方なしに羅城門で雨宿りをしていたところ、薄暗くなってきた道の向こうにぼうっと深紫の束帯姿が浮かび上がったのだそうだ。身分ある者が闇夜を一人で歩いているはずがない、と訝しく思って目を細めると、束帯姿の男はどうらや此方に歩いてきているようである。しかも、その男の周りだけ闇が濃くなっているように見えるのだ。おかしいと思った下人は何度も目を瞬かせるのだが、それでもやはり男は何か黒くて不気味な物に包まれているようなのだ。やがて、下人は自分の目を疑わずにはいられなくなった。近づいて来た男の目が、紅く輝いているのである。血色の瞳が二つ、闇に浮かんでいるのだ。「ひいっ」と情けない声を上げ、下人はその場に腰を抜かした。逃げようとしても、地面を掻き毟るばかりで全く先へは進めない。既に下人の目前まで来ていた男は、炎のような瞳で下人を見下ろし、にいっと口の端を吊り上げた、という。勿論、その後下人がどうなったか知る者はいない。

 また、ある話では、朱雀大路の辺りに現れて、赤い瞳の光に驚いた女が声を上げると男は霧のように消え失せた、という。

 数え上げればきりが無いが、そんな怪談話に端を発した禁色の鬼の噂は、様々な脚色をされ、恐ろしい悪鬼として人々の口に上っていた。

 多くの人の口には上るが、皆が皆その話を信じているわけではない。信じて怯える者もいれば、全く気に止めない者もいる。高明は後者だった。

「残念ですが、私は自分の目で見たことのない物は信じないことにしております」

 高明の言葉に、友人達は様々に異議を申し立てたが、どれも彼の心を動かすようなものではなかった。彼らは、相手にしない高明に気をそがれたのか、他の話題に切り替える。

 高明はそっと外の景色に目を移した。

 何といっても、春は桜。香りは梅が素晴らしいが、それでもやはり目を楽しませてくれるのは桜である。既に満開の桜達は、次の雨で散ってしまうことだろう。

「……高明殿、高明殿。聞いておられるのか?」

「……え、ええ」

 上の空でよく聞いていなかったが、はっとした高明は道風の声に曖昧に頷く。

「では、やっていただけるのですね?」

 二人の男は興味津々という顔で高明を見つめている。道風はといえば、何やらばつの悪そうな、複雑な顔つきをしていた。

「何のことです?」

 友人は、そんな高明に嘆息を漏らした。

「まぁ、いいですがね。貴方はなかなか分からぬ人だ。あまり姫君達の話題は好きではないのですね」

「いえ、そういうつもりでは……」

「隠さなくともいいのです。別に責めているわけではない。ただ、貴方はこういう話になると、いつも上の空になりますからね」

 道風が冗談交じりにぼやく。

「しかし、面白くありませんなぁ……。いつも姫君は、そんな高明殿が持って行ってしまうのですから」

 人聞きの悪い、と高明は笑う。

「それで、『やっていただける』というのは?」

「私はあまり賛成いたしません。だいたい、こういう噂に友人を巻き込むというのは……」

 口を挟んだ道風を制して、他の男が答える。

「賭けの話をしていたのですよ」

悪友の答えに高明は眉を寄せた。

「またですか?」

貴族というのはほとほと暇なものらしい。彼らは今、ことあるごとに賭けをして楽しんでいるようなのだ。

彼は高明の肩をポンと一つ叩くと、豪快に笑い出した。

「そんな顔をしないでください。貴方は一度も負けたことがない。今回も私は貴方に賭けているのです。よろしく頼みますよ」

「……まったく、これで最後にしてくださいよ」

元々頼まれたら嫌とは言えない性質なのである。しぶしぶ同意した高明を見て、友人の顔に喜色が浮かぶ。

「で、今度は何です?」

男は嬉しそうに話し出した。

「いや、最近私達の間で話題に上がっている娘がおりましてね。しかし、残念ながら誰も彼女と打ち解けた者はいないのですよ。そこで、今を時めく『光の君』ならどうかと思いまして」

「ああ、そういう話でしたか」

 高明はややうんざりした様子で答える。

はらり、はらりと桜が散っている。

「申しておきますが、私とて打ち解けてくださるか保証はありませんよ」

友人は大げさに驚いた様子を見せる。

「ご謙遜を。あの視線に気付かないとでも仰いますか?」

高明は辺りを見回した。

気付けば向かいの御簾の奥から何やら話し声が漏れている。御簾の中には、姫達がいるらしい。

中から華やかな声が響いてきた。

「ご覧になって、光の君よ」

「……まあ、何とお美しいのでしょう。辺りが明るくなったようですわね」

「本当に……涼しげな横顔ですこと」

女達の嘆息は御簾の外まで聞こえてくる。女達はそれに気付かないのか話をやめようとはしない。

道風は改めて高明を見つめ、にやりと笑った。

「噂に名高い光の君とお話しが出来るとは、我ら鼻が高いですよ」

冗談まじりのその言葉に、高明はただ苦笑で答えた。

 

 

 

小説メニューへ       次へ