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【五、不吉な風】

「屋敷に呼び寄せたいと思う姫がいるのだ」

 光の君のその言葉が、藤穂一族を、否、都中を驚かせた。

 

「……もし……誰かおりませんか……」

か細い女の声がする。目の前に聳え立つ門は、風も無いのに独りでに扉を開けた。

慶子はゴクリと唾を飲み込む。

我ながら大胆なことをしていると思う。でも、このままではいられないのだ。

 ―――――高明様のお相手が、あの『夜叉姫』だと聞きましたけれど……まことなのでしょうか?

 御簾の向こうから聞こえてきた女房の噂話を思い出し、慶子は眉根を寄せた。

―――――禁色の鬼も、『夜叉姫』の仕業ではないか、と噂が立っている時だと申しますのに。

―――――まさか……その『夜叉姫』が、高明様に何か……。

―――――ええ……ええ。その『夜叉姫』が何かしたに違いありません。

―――――そうでなければ、そんな気味の悪い『夜叉姫』など、誰が相手にするものですか。

闇の向こうから一人の女が歩んでくる。

「どうかいたしましたか?」

彼女の声は凛として闇夜に響き渡った。白い衣が闇に浮かぶ。

闇にさえ透けてしまいそうな白い肌。流れる黒髪。濡れた瞳には強い光が輝いている。

(……この方だわ……)

「こんな夜更けに何の御用でいらしたのか? ご婦人が用もないのに一人歩きをするものではない」

「……私は……」

慶子はそのまま言いよどんでしまった。

「春だとはいえまだ冷える。中へどうぞ」

彼女は女主に言われるままに後に続いた。

不思議な屋敷だった。うっかり自分を失って、闇に飲み込まれてしまいそうになる。

「……して、いかがなされた? そのような思いつめた顔をなさって」

慶子ははっと顔を上げた。

目の前の人は、真っ直ぐに自分を見つめている。偽りのない瞳はどこまでも澄みきっていた。

「私は……高明様の乳母の娘で慶子と申します。高明様には、幼き頃よりよくしてもらっております……」

慶子はそれだけ言うとまたうつむいた。

水月は目の前の女に目を細め、ふっとあの笑みを漏らす。

「そうか。こんな夜更けに一人で来るほど思いつめて……高明殿も罪なお方よな」

百鬼夜行が横行し、夜盗も多数いるため、姫君が夜中に一人で出かけるなどもっての他だ。それをこの少女は高明のためだけにここまで来たという。

「高明様は、お屋敷に姫を迎えると仰いました。奥様はひどくお怒りで……話によりますと、その方は……」

途切れた言葉を水月が言った。

「薄気味の悪い『夜叉姫』だと?」

ビクリと慶子が女を見ると、女の瞳は一瞬哀しそうに揺れた。

「私ではご不満か?」

「……それは……」

返答に困る慶子の前で、水月は自嘲の笑いを浮かべた。全く馬鹿なことだ。

「失礼……。お話は分かりました。とにかくもう遅い。屋敷の方がさぞ心配しておいででしょう」

「いいえ、違うのです。お待ちください。高明様は……きっと本気なのです」

「?」

 うつむきながら、慶子はゆっくりと言葉を紡いでいく。

「……『光の君』などと謳われておりますが、高明様は今までずっと女性に本気になられたことはありませんでした。きっと今回が初めてなのです。高明様はお心の綺麗な、とても一途な方」

 水月は慶子を見つめたまま呟く。

「人の心など分からぬ物。恋には夜露ほどの命もないでしょう」

「違いますわ。高明様は違います」

「分からぬことを申されますな。『夜叉姫』から高明殿を護って差し上げるためにいらしたのではないのですか?」

「私は……」

「では、何故いらしたのか」

 威圧的な瞳に、少しだけ怯む。

「それは……」

 澄み切った瞳。こんな姫がこの世にいてもいいのだろうか。見た事もないほど美しい瞳をして――。

(この方が、高明様の……)

 慶子は、目の前の美しい姫を見据えて、静かに首を振った。

「高明様は、初めて本気になられる姫を見つけたのです。それが……私ではなかったというだけ。そう……ただ、それだけのことですわ」

 水月はそれを聞くと、高明を思う優しい女に笑みを見せた。澄んだ瞳が優しく細められる。

「高明殿は幸せですね」

「え?」

「いえ、貴女のように深く想ってくれる方がいるのですから」

 慶子は少しだけ悲しそうに微笑むと、家路に着いた。

 屋敷は、月明かりを浴びて、不思議な美しさを醸し出している。

 何故だか寒さが身にしみた。もう春だというのに、少しも暖かくはないのだ。それどころか、心の何処かに穴が開いてしまったような、そんな虚無感が襲ってくる。

 美しいあの姫君の瞳が思い出される。強い光を帯びた瞳。

 敵わない。あの瞳には、自分などとても敵わないのだ。

 慶子は、己の体を抱きしめた。寒さのためではない。

それは、闇の向こうに、これから落ちる奈落の底を見たからに他ならなかった。

 

 

 気付けば高明の部屋の前で立ち尽くしていた。寒々しい風が頬を弄る。

 子供の頃走り回った庭は、闇に包まれ、そこに聳える木々もどこか物寂しげだ。

庭先の物音に気付いた部屋の主人が、ゆっくりと慶子の下へ近づいてきた。

「……慶子か? どうした、こんな夜更けに」

 寒さで震える指先を握り締め、慶子は必死で高明を見つめた。

「高明様……本当なのですか……? 姫君を迎えなさるって……」

「ああ、本当だ」

「あの……『夜叉姫』なのですか……?」

「……心無い者はそう呼んでいる」

 高明の声が、慶子の頭に鳴り響く。

「あの姫は……あの姫だけはおやめください……」

あの姫だけは許せなかった。自分はどうしても得ることが出来ない、あの、月の瞳を持った姫だけは……。

「いいえ、いいえ、違います。……高明様が、『夜叉姫』などに本気になるはずがありませんでしたわ」

「慶子!」

 声を張り上げた高明に、ビクリと怯えた目を向ける。

「どうした、お前らしくもない。おかしいぞ?」

 慶子は賢そうな眉をひそめると、何やら寂しげに目を伏せた。

「いえ……」

可笑しな奴だな、そう高明が微笑むと、慶子は一礼してその場を後にした。

(これでいいのだわ……)

出てきた涙を指先で拭う。

思い出すのは、美しい姫君。漆黒の髪、濡れたような双眸。そして桜色の唇。鳥かごの中で飼われている姫にはない光を持った女性。強くて……惹かれずにはいられない。

(敵わないわね……)

それでいいのかもしれない。高明のあんな笑顔が見られるようになるなら、それでもいい。

慶子はそっと微笑む。

『欺瞞だよ』

 聞こえてきた声に、慶子は息をすることが出来なかった。辺りを見回すが、そこにあるのは闇ばかり。

『他人の幸せなんて、馬鹿げてる。誰だって自分の幸せが一番に決まってる。そうだろう?』

「違う、私はただ……」

『あの男はお前のことなど見ていなかった』

 残酷な声が闇に響く。

『悔しかろう? 哀しかろう?』

 慶子は頭を抱えてしゃがみ込んだ。

「やめて……」

『悔しかろう? 憎かろう?』

 濃くなった闇に、もう一人の自分が立っている。もう一人の慶子は無表情のまま、見下すように慶子を見つめている。

『怨みを晴らせ』

「だめ……」

 高明の優しい笑顔が浮かんできた。降り注ぐ光のような、ひどく優しい笑顔が。

『しかし、それはお前の物ではない』

 彼はいつも朗らかに笑っていた。しかし、慶子は知っている。彼は笑っていても、誰にも心を許していない。朗らかに笑っていながら、彼は時折、寂しそうに目を細めるのだ。

『あの男はお前など見ていない』

「そう……私など……」

桜のように綻ぶ笑顔は、誰の物でもない。その証拠に、笑顔は誰にでも分け隔てなく降り注ぐ。それが例え慶子であろうと、なかろうと……。

「あの方は私など……」

 黒い影が心を覆い尽くしていく。

『悔しかろう? なあ? あの女さえいなければ、そうだろう?』

 くくっと影は喉を鳴らした。

「あの方さえいなければ……」

 虚ろな瞳で慶子は呟く。

 隅に控えていた女房に、紙と硯を用意させる。

「あの方さえいなければ……」

黒い影は物陰に潜む。

 不吉な風が木々を揺らしていた。 

 

【六、傷痕】

右京。まるで荒れ寺のような屋敷の前に、一人の男が立っている。聳える門の前に立つ男は、幸せそうな笑みを浮かべていた。彼が声を掛ける前に独りでに門が開き、桜色の女房装束の女が彼を迎え入れる。

 男は彼女に続いて屋敷に入っていく。

 ひらり。

 男の目前に、淡い桜が舞い散る。都の桜は全て散ってしまったはずなのに、この桜だけは、時が止まっていた。真っ青な空に白い花弁が降り注いでいる。

 ―――――高明様は『夜叉姫』に操られているに違いありません。

 頭に浮かんできた呟きに、男は桜を仰ぎながら顔を歪めた。

―――――禁色のあの物の怪も、きっと『夜叉姫』の仕業です。

―――――ああ、本当に恐ろしいことです。

男は無力だった。

(己の傍に置けば、どうにでもなると思っていたのではないか?)

自問自答しても、答えなど返ってくるはずがない。

自分の屋敷に呼び寄せて、護ろうと思った。護れると思った。

(それが、このザマだ)

無力な自分が口惜しい。望んでもいない物は既に自分の物なのに、欲しいと思った物は自分の物ではないのだ。

 ―――――高明様が『夜叉姫』などに本気になどなるはずがありませんでしたわ

 心優しい姫君が、どんな気持ちでその言葉を紡いだのだろう。

 自分の身勝手な行動のせいで、たくさんの人に迷惑をかけていると思う。自分は『光の君』などではなくて、ただの情けない男で、一人の少女を救う力さえない。それでも、諦めることは出来なかった。高明は見つけてしまったから。追い求めてやまなかった者。天空に輝く月のように尊い人を。

「水月殿」

 高明の言葉に、白い狩衣の女が現れた。高明の瞳は彼女に奪われる。

 微笑んだ高明は、持っていた花を差し出した。

 花を受け取ろうと差し伸べた水月の手が宙で止まる。

水月は、ゆっくりと高明の肩の向こう、まだ開いたままになっている門に顔を向けた。

「水月殿?」

 高明が怪訝そうに水月を覗き込んだその刹那。

 ヒュン!

 突然、何かが空を切り裂いた。

 高明は咄嗟にふり返る。

 ヒュン! ヒュン!

次々に空から弓が射られる。

ヒュン!

「あれ」

 弓が女房に命中すると、女房はふわりと桜の花弁になって姿を消した。それを目の当たりにした高明だったが、驚いてもいられない。

「何者だ!」

 抜ききった剣を構えてそう叫ぶと、そこから姿を現したのは、確かに高明の見知っている者達だった。

「何故ここに……」

 唖然と呟く。

 目の前に立っているのは、烏帽子を被った男達。雅やかなその姿から、地下人でないことははっきりと分かる。数人の見知った顔があった。宴で酒を酌み交わした者もいる。

 ヒュン! ヒュン!

 高明の呟きに答える者もなく、容赦なくいられた弓が水月を襲う。

「水月殿!」

 水月を庇おうと立ちふさがった高明を押しのけて、水月はトンと地面を蹴った。

 ふわり。

白い羽のように、彼女の体は宙へ飛び上がる。再び地に足をつけた水月は、黙って男達を見返した。

「何という身のこなしか……」

 驚嘆の声を上げている男達に、高明は急いで駆け寄る。

「何をなさっているのです! 失礼にもほどがありますぞ!」

 男は真剣な瞳で高明の肩を掴み、数回揺さぶった。男達は高明を取り囲むようにして話し出す。

「貴方は騙されているのです」

「あれは『夜叉姫』」

「何故そのようなことを申される!」

 高明の叫びにも似た問いに、公達の後ろから一人の男が顔を出した。高明の見知っている顔ではない。どこか爬虫類を思わせる目をした男だった。

「……兄上……」

 はっとした高明がふり返ると、水月は唖然と男を見つめている。

(橘 典正殿か?)

 男、橘 典正は、蔑みの目を水月に向けた。そしてわざと大きな声で言い放つ。

「兄の私が申しましょう。その女、人間ではありませぬ。お気をつけなされ。この殿のように騙されてしまいますぞ! さあ、ご友人を助けて差し上げなさい!」

 その声に、公達は一気に活気付いた。

「高明殿、我らはもう見ておれぬのです!」

「貴方は騙されておられる! どうかいつもの『光の君』に戻ってください!」

「ふざけるな! 無礼にもほどがある!」

聞き入れない高明にも、男達は決して諦めようとはしなかった。

「高明殿、お忘れか! 目的は『夜叉姫』の化けの皮を剥がすこと。術中に陥っていかがなさる!」

「そうです! 貴方も以前、そうおっしゃっていたではありませぬか!」

 うつむいていた水月は、はっと顔を上げる。あの日、水月を護ろうと鬼に向かって行った強い背中が今も目に焼きついて離れない。その青年は、困惑した表情で友人達と対峙している。

「それは、あの『夜叉姫』ですぞ?」

「女の皮を被った化け物だ。我らは、貴方がみすみす騙されているのを見ていられないのです」

何の表情もない眼差しを一瞬歪め、水月は笑った。

 真っ直ぐに此方を見返している彼女の態度が気に食わないのか、友人達の口から次々に蔑みの言葉が吐き出される。汚らわしい物でも見るような瞳が、いくつも水月を見つめた。

「文をいただいてな。高明殿につきまとう『夜叉姫』がいるというのだ。女手であったので、そなたとの仲を妬む者ではないか、と半信半疑であったが、何より兄上がそう申すのだ、間違いあるまい」

「ああ、恐ろしいことよ」

「まさか己の身分も考えずになあ? 住む世界が違うというものであろうに」

「道風殿も参ればよかったのに、こんなことに口を出すわけには行かぬと。薄情な方だ」

 事態が飲み込めずに困惑している高明に目を向け、水月は微かに首を振った。水月の瞳が一瞬揺らいだように見えたのは、高明の気のせいだっただろうか。

「水月殿……」

首筋に突きつけられた刃は、容赦なく彼女を傷つけて来た。剥き出しの感情。憎悪。蔑み。彼女は一人で耐えてきたのだ。忌むべき呪いをたった一人で受け継いで。

やり場のない思いが焦燥感となって高明を急がせる。しかし、そんな思いが募るほど高明はどうしようもなくて、閉口するしかない。

「典正殿の話だと、禁色の衣の鬼を操っているのもお主だという話じゃないか。何ということか」

「こんな姫が平安の都におろうとはな」

「まことに……」

「お前のいていい場所などあるものか」

 水月は、その言葉に自嘲的な笑いを浮かべる。

頭の中に湧き上がる。

助けを求めても誰も来ない。誰も私を愛してなどいない。古の呪いに縛られしこの命。

いつだって答えは変わらない。

オマエノヨウナバケモノニ……

水月は僅かにうつむく。

「何ということを言うのだ! 誰がそんなことを頼んだ! いい加減にしろ! 彼女は何も悪くない!」

 高明は思わず抜ききった刀を構えていた。

 光の君の鋭い眼差しに、典正の顔が歪む。

「光の君、な、何を……」

「血を分けた妹君であろう? それを何故このように――」

「高明殿! まだ目が覚めないのですか?」

「『夜叉姫』! この方にかけた術を即刻解くのだ!」

 さわさわと桜が揺れた。

「……そうですか」

 初めて発せられた夜叉姫の声に、一同は静まりかえった。

女の元を風が通り過ぎ、豊かな髪がふわりと煽られる。

水月は、もう高明を見ようとはしなかった。

何も映していない瞳で、水月は木の枝をポキリと折った。

「確かに私は恐ろしい『夜叉姫』かもしれませんが―――」

 まくりあげた腕を枝で傷つけると、白雪のような肌に紅の血が流れる。

「―――それでも、血は赤いでしょう?」

 その瞳は、見る者の心を捕らえ、凍りつかせた。誰もが戦慄する。凍った、月の眼差しに。

「もう、お帰りください……」

 瞳とは裏腹の弱い声。

 射るような瞳の女に、男達は顔を見合わせた。

「もう、貴方方の『光の君』には手を出さぬと申しているのです。さあ、帰られるがいい」

 公達はしぶしぶ頷く。

「さあ高明殿、帰りましょう」

 掛けられた手を高明は振り払った。

「放せ!」

「高明殿! まだ目覚めておられぬのか!」

「うるさい!」

 友人に押さえつけられながら、高明は不安そうな瞳を向ける。

水月はしばらく無言で高明を見つめていたが、やがて静かに唇を動かした。

「私は、何と愚かしいことを……」

 悲しそうな声だった。浮かんできた自虐的な気持ちに耐えるように、やりきれなさそうに己の額に手を当てる。

 思わず高明が駆け寄ろうとすると、突風が吹き荒れ、桜の花びらが眼前を覆った。

ごうごうと風が唸る。

桜の花びらが邪魔をする。

彼女の姿を見えなくするのだ。

「……お帰りください。もう……会うことはないでしょう」

「水月殿!」

 高明の叫び声と同時に、バタンと重い扉が閉ざされた。

 風も、もう吹き荒れてはいなかった。ただ、着物に付いた桜の花弁が、今までの出来事が夢ではなかったと語っている。

 門は閉められた。

高明は唖然とその前に立ち尽くす。もはや、友人の声は耳に入らなかった。

「……信じてもらえなくとも仕方がない……でも私は本当に……」

「……全て……嘘だったのですか……?」

 閉ざされた扉の向こうから、消え入りそうなほど小さな声がする。

「『夜叉姫』をからかっていらしたのですね……」

「違う! どんなに謝っても許してはもらえないだろう。貴女を傷つけてしまって……でも、これだけは信じてくれ。私は本当に貴女のことが……」

 今度は彼女の声が響いた。強気な声とは少し違った。

「……傷ついてなどいませんわ。申したでしょう? 私は人など信じぬと……私は貴方とは違う。畏怖され、利用されるためだけに生きている化け物なのです。誰も私を必要としないし、私も誰も必要としない。分かっていたことですもの」

「水月殿!」

 細い肩が思い出された。一人孤独に震える姿が痛々しい。見えないはずの水月の姿が、確かに、はっきりと高明には見える気がした。

 高明が何度扉を叩いても、もうそれはビクリともしない。

「貴女はずっとそこに……一人でいると申されるのか……?」

どうして独りになろうとするのか。どうして誰も信じさせてやらないのだ。平気なふりをして、彼女の瞳はいつも寂しそうだったのに。

「どうして……っ!」

 どうして信じさせてやらなかったのだ!

「光君をお連れしろ。『夜叉姫』の傍にいるから術が解けぬのだ」

 供の男達が高明を押さえつけにかかる。

「放せっ! 水月殿! 信じてください! 私は決して貴女を裏切らない! 絶対だ!」

 数人の男が、抵抗する高明を抑えつける。

「信じてください! 水月殿!」

暫くすると、青年のその声はもう聞こえなくなっていた。今までの騒ぎが嘘のように辺りは静まり返る。

風に吹かれた木々が哀しそうにサワサワ揺れている。

サワサワ……。

サワサワ……。

あの笑顔が浮かんでくる。青空のように澄み切った優しい笑顔。

「……信じたりなどするからだ」

水月はポツリと呟いた。

 

 

 

 

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