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 【七、我が月は】 

あれから三日が過ぎた。今まで毎日のように通いつめていた青年は現れない。

(……当然といえば当然か……)

「いらっしゃいませんわねえ」

しずしずと近づいてきた花巻が、水月の隣に座る。

「あんなに根気よく通ってくださっていましたのに、ご病気なのでは?」

水月は黙って首を振った。

「……もう来ない」

「何故です?」

「……さあ……」

―――――オマエノイテイイバショナンテ、ドコニモナイ

―――――コノ、バケモノガ

水月は、黙ったまま空を仰いだ。

見慣れたはずの人間達の歪んだ顔が脳裏を過ぎった。蔑み、容赦なく向けられる畏怖の目。

「……呪われた『夜叉姫』には、一人が似合っておろう」

 隣に座していた花巻が立ち上がる。

「人は裏切るから、信用しないのですか?」

水月は縁に座ったまま花巻を見上げた。日の光を背にしていて、表情は見えない。

「ああ、そうだ」

「愛だの恋だのくだらない?」

「ああ」

「人は所詮―――独り」

「そうだ」

 花巻はふぅと長く嘆息する。

呪文のように水月がそう呟くのを、花巻は知っていた。その言葉は、まるで呪縛のように、水月を動けなくする。 

「貴方様の言霊は、一言で鬼を倒すほどの強い力を持っております」

 少女が一言名を呼べば、その言霊は力となって無から女房や花巻の命を生み出す。鬼をも倒すその言霊で、少女が己を縛らなければ生きていけないこの世とは、何と理不尽なものか。

「花巻、私は……時々分からなくなる。何のためにこうしているのか」

 そう言い、水月は目を細める。

あの優しい青年が微笑みかけるたび、水月には分からなくなる。あの笑顔は、自分には眩しすぎるのだ。

「水月様のせいではありません。仕方のないこと。やらなければ、やられるのは此方の方なのですから」

「昔はそうだった。それで良かったのだ。でも……本当にそうなのか?」

数え切れぬほどの鬼を倒してきた。その鬼が哀れな人の成れの果てだと知りながら、情けもかけずに灰にしたこともあった。

都のために妖怪退治をしているなどと奇麗事を言うつもりはない。ただ、そうしなければ生きてはいけなかったのだ。不思議な力を誰もが恐れ、両親までもが水月を遠ざけた。足元さえ見えずに、凍えそうな夜は、己の力が水月の唯一の存在価値であり、存在証明、彼女自身だった。

力があるからこそ生きていることを許される気がしたのだ。

そうして今まで生きてきたというのに。光しか知らないとでも言いたげなあの青年の微笑みは、水月が諦めていたはずの多くの物を思い出させる。

我知らず皮肉の笑みがこぼれた。

「水月様は―――」

 花巻は何かを言いかけたが、振り切るように首を振った。

「それでも、花巻は信じておりますわ」

 突然の言葉に、水月は怪訝そうに眉根を寄せる。

何でもございません、と呟くと、花巻はその場を後にした。

 

 

*      *      *

 

 

高明から無意識にため息が漏れる。水月のことが気になって仕方がない。

ひどく冷たい瞳に、無表情な顔。人形のようなそれは確かに美しいが、彼女ではない。

(もう三日……。まだ三日か)

もう三日も彼女の屋敷を訪れていない。もう三日。まだ三日だ。しかし、会いたくて仕方がない。一日がまるで一年のように長く感じられる。

(今更、どの面下げて彼女の前に現れろと?)

哀しそうに歪められた水月の顔が浮かぶ。

―――――それでも、血は赤いでしょう?

―――――私に言ったことは全て嘘だったのですね……。

あんな哀しい言葉を彼女に言わせてしまったのは、他でもない、自分だった。

「高明様、お客様でございます」

高明の前で、女房が畏まった。

「私に客?」

高明が渡殿を見やると、道風が此方に歩いてくるのが見える。

「どうかしましたか?」

 高明の問いに、道風は少しだけ心配そうな眼差しとなった。しかし、すぐにいつもの屈託のない笑みを見せる。

「一杯どうかと」

 道風はそう言い、持ってきた酒を掲げた。

「本当は、心配で来たのです」

 酒を口に運びながら、道風はそう告げる。

「私の所にも、文が来たのです。友人達は高明殿を救いに行くと息巻いておりましたが、生憎私はそれほど無粋な者ではなくてね」

 高明は黙ったまま、酒を口に運ぶ。

「それに、私は高明殿を信じておりますしね。何しろ色事で右に出るものはいない『光の君』のことです。『夜叉姫』が本当に恐ろしい悪鬼であろうとも、私達が手を出すことはないのですよ。しかし……」

 道風は僅かに困ったように頭を掻いた。

「そういう私も、こうして来てしまったわけなのです。信じていると申しましても『夜叉姫』の噂を耳に入れたのはこの私です。元はといえば、私が撒いた種ですからね」

 黙っている高明に、道風の心配が更に増したらしい。

「高明殿、『夜叉姫』は―――」

「『夜叉姫』などではありません」

 道風の言葉は、高明に遮られる。

驚いた道風は、目の前の整った顔を見つめた。これがあの『光の君』なのか。否、これがあの春風のような笑顔を浮かべた高明なのか。彼はいつも笑っていた。翳りなど知らない、というように。しかし、これは――。

 高明は悲しそうに目を細めると、道風にそっと微笑む。

「高明殿は、本当にその方が……?」

 道風の言葉に、高明は苦笑する。

「ええ。浮名で知られる私の言葉など、信じてもらえぬかもしれませんがね」

「それでは、あの者達を―――姫との仲を引き裂いた者達をお恨みなのですか?」

「否、恨んではおりません。私のためを思ってしてくれたのでしょう。分かっていますよ、本当は友達思いの良い奴らなのです。それよりも……己の不甲斐なさが許せぬのです」

 どうして信じさせてやることが出来なかったのか。

「……諦めてしまわれるのですか?」

高明はどこか遠くを見つめ、秀麗な顔を歪めた。

 その視線の先に輝く月を見つけ、道風は小さく嘆息する。

「やっと見つけた月なのでしょう?」

 月に照らされた高明の横顔に、諭すように言った。

「我々が姫を求めているというのに、『光の君』は月を御所望だった。天空に輝く、あの月を、ね。都中を探し回って、やっと見つけた月を、そう簡単に諦めるなどと申されますな」

高明はそっと目を瞑る。瞼の裏に、あの乾いた日々が思い出された。

密やかに交わされる文、微かな衣擦れの音、姫君達の香の匂い、笑いあっていても、心の中を風が吹きぬけるのだ。どうしようもない虚無感に襲われながら、月を眺めてばかりいた。いるはずもない者を探し求めていた。どこにもいないと分かっていながら。しかし、だからこそ。探さずにはいられなかったのだ。

「勿論、諦めるつもりなど毛頭ありません」

そんな高明に、道風は屈託のない笑みを見せた。

どれほど己の無力を呪おうとも、どれほど傷つこうが構わない。あの天空に輝く月を手に入れるためならば、どんな罪をも厭わない。

「それはよかった」

 心は穏やかだった。

もう心の闇に風は吹かない。ポッカリと空洞だったそこには、もう何かが埋めてしまった。

「しかし、これからは浮名を流して道風殿を楽しませることもできなくなると思うと、残念でなりませんよ」

 道風はその言葉に、困ったように頭を掻く。そして二人は顔を見合わせ、笑いあったのだった。

 

 

 

早ければ早いほうがいいだろう。そう思った高明は、道風が帰った後、直ぐに水月の屋敷へ向かう決心をした。

勿論、水月が会ってくれるという保障は無い。彼女はおそらく、この間のことを気に病んでいるだろう。だからと言って、高明にはもうこれしか手段がなかった。屋敷を訪れるのを先延ばしにすることも出来ない。たった三日会っていないだけだというのに、会いたくて仕方がないのだ。

「右京の屋敷までやっておくれ」

「はい!」

高明の瞳の中に何を見つけたのか、清彦は勢い良く返事をすると、にっこりと微笑んだ。

鎌のような細い月が夜空にかかっていた。水月に初めて出会ったのは、まだ十六夜月の頃だった。静かに目を閉じれば、不思議なほど穏やかな気持ちになることが出来た。

大丈夫、大丈夫だ。

まだ、高明の心の中には静かに月が輝いている。求めてやまなかった、あの月が。

微かな光でも構わない。消えてしまいそうな光であっても、そこに小さな希望があるなら、きっと出口を見つけてみせる。

 

 予想通り、扉は堅く閉ざされていた。いつものように女房が招き入れてくれる様子もない。

 高明はそのまま門の前に立ち続けた。声をかけずとも、あの不思議な姫君には自分がここにいることが分かっているのだろう。

半時ほど経った後、静かに扉が開かれる。

「……何をしにいらっしゃったのです?」

 そこにいたのは、水月だった。澄んだ瞳は、無感情に高明を見つめている。

「謝りに参ったのです。それと……たとえ貴女に嫌われようとも、それでも私は諦めることが出来そうにない、と言いに参りました。どうらや私は、自分が思っているより遥かに諦めが悪いらしい」

 ちょうどその時。

 慌てた足音が、此方へと向かってくる。

 高明はとっさに水月を後ろへ隠した。

「水月! 水月! 助けておくれ!」

 息も絶え絶えに走ってきたのは、あの橘 典正、水月の兄であった。

真っ青な顔をして、小刻みに震えている。夜衣のまま、ここまで一人で来たのだろうか。

驚いた高明を他所に、水月は兄を見ようともしない。まるでこの出来事を知っていたかのような……。冷めた瞳に、高明も思わずぞっとする。

「助けてくれ……」

 典正は必死で水月にすがり付こうともがいている。もはや、その瞳は正気と狂気との境をさまよっているようだ。

「……何があったというのです?」

 高明の問いに、答えているのか、それとも恐怖に震えているのか、典正はぶつり、ぶつりと訳の分からない言葉を紡いでいる。

典正は狂ったように自らの髪を掻き毟った。

「来るんだ……アイツが来る……ああああ! 私は……私は……」

 この男が、水月を毛嫌いしていたあの典正だとは、高明にはとても思えなかった。それほどに、典正の様子は尋常ではなかった。

「水月……水月! お願いだ! た、助けておくれ! もう頼れるのはお前だけなのだよ!」

彼の目からは、涙がこぼれる。涙は頬を伝って、土を濡らした。

「水月! 助けてくれれば、お前を屋敷に迎えよう。もう不自由はさせやしない! 私が愚かだったよ! だから、なあ!」

「兄上」

 冷ややかな声だった。

兄はやっとのことで掛けられた声に、妹を見上げる。

「……水月、後生だから……」

 恐怖で震えているのか、涙で声が出ないのか、もう言葉は続かなかった。

 水月は、兄に向けている切れ長の目を細めた。暫くそうしていると、水月は兄から目を離す。

「自業自得ですよ、兄上。私が力を貸すとお思いか?」

「水月殿――」

 口を挟もうとした高明は、水月によって遮られる。

「ご自分が私に何をしたかお忘れか?  迫害し、罵倒し、橘一族は私を捨てた。鬼となった『夜叉姫』が、今更力を貸すと思われるか!」

 唖然と兄は水月を見つめた。

「私を……恨んでおるのか?」

 フンと水月は笑った。皮肉に唇を吊り上げる。

「恨む価値も無い。とにかく、己で何とかなさるがよい」

 背を向けた水月に、兄が思わず伸ばした腕が触れた。

「……っ!」

 瞬間、まるで雷に打たれたように体中に意識が流れ込み、水月は頭を抱えてしゃがみ込んだ。感情の断片が、水月の中で交錯する。

「水月殿! どうなされた?」

 高明がしゃがみ込んだ水月を助け起こす。水月は数回首を振ると、眉間に皺を刻んだまま兄に向き直った。

「随分と厄介な物をお持ちですね……」

 水月はそう言い残し、屋敷の中へと消えていく。

典正は動かなかった。月を見上げ、目を大きく開いていた。

「アイツが……アイツが来る……」

 典正は、月を見上げながら、呪文のようにそう唱えていた。

 

 

「お待ちください」

 渡殿を進んでいく水月を、高明が追う。水月は小さく嘆息すると、立ち止まった。

「何か?」

「典正殿は、どうなるのですか? 何かに取り憑かれて?」

「……早くせねば鬼になる」

「鬼に? 人が……鬼になってしまうのですか?」

「人間の中には、願いもしないのに鬼となってしまう哀れな者も多くいます」

 そうとだけ言うと、水月は再び歩き出した。

「助けてはやらぬのですか?」

彼女はふり返った。少しだけ皮肉に顔を吊り上げて。

「何故私が助けねばならぬのです?」

「……兄妹ではありませんか」

「兄だと思ったことなどありません。何を今更……」

「彼は、悪かったと申していましたよ。確かに、私には……典正殿を許すことは出来ません。しかし、貴女は兄妹なのです。分かり合えないなんて、哀しすぎます」

 愚かなことを、と呟くと、水月は再び渡殿を歩き出した。

「貴女は、いつも辛そうな顔をなさっているじゃないですか!」

 高明の呼びかけに水月は歩みを止めようともしない。

 答えが返ってこないことを知りながら、高明は闇に叫んだ。

「私は行きますよ! 水月殿! 貴女が行かなくとも、私は行きますよ!」

我ながらふざけた言葉だと思う。

もし、水月が兄を許して護ってやろうと言ったなら、高明はそれに反対していたかもしれない。水月をここまで追い込んだ兄を、高明だって善く思っているはずがなかった。しかし、自分が傍にいながら、水月に哀しそうな顔はさせたくないのだ。

 兄という鬼を倒してしまったなら、きっと彼女は永遠にその呪縛から解き放たれることはないだろうから。

(私は、行こう)

 勢いではなく、高明は心からそう決心していた。

水月は、きっと助けには来ないだろう。そして、自分は鬼には到底敵わないだろう。それでも、高明の決心は揺らぐことはない。もし、防げる可能性が少しでも残っているのなら、それに賭けてみたい。そうする価値は十分にある。彼女を護るためなら、何でも出来る。

高明は大きく一つ頷くと、門へと向かって足を進めた。

 

 

「随分とお人好しですのね」

 かけられた声にふり返れば、一人の女房がこちらを見返していた。

「花巻」

 水月によく似た瞳に、見下したような色を映している。

「高明様は、今まであの男がしてきたことをご存知ないから、そんなことを仰るのです。歩み寄れるような方じゃない。誰があんな言葉を信じるものですか。水月様は……多くを信じ、多くに裏切られてきたのです。確かな物など何もない。掬ったはずの水は、いつの間にか指の間から落ちてしまう。気が遠くなるほどそれを繰り返しても、そのまま掌に収まった水など一滴もございませんでした」

「それでも……たとえそれを知っていたとしても、私はこうしたと思うよ。典正殿のためなどではなく、水月殿のために」

花巻は真剣な瞳で諭すように続ける。

「水月様のためを思うならば、助けに行くのはお止めくださいませ。お命を落とされては、水月様も哀しみましょう。おそらく……あの禁色の鬼の仕業やもしれません」

「禁色の鬼が?」

「ええ。禁色の鬼も……かつては人だったのでございましょう。それが鬼と成り果て、夜な夜な都の恐怖を食らって生きているとは、哀れなことでございます」

「……何故そのようなことを知っている?」

 怪訝そうな高明に、花巻は笑って見せた。

「花巻は、この屋敷の女房でございますもの。水月様のお考えになっていることなら、何でも知っております」

 一体この女房は何者だというのだろう。

「鬼にならぬと約束できますか?」

 唐突な言葉に、花巻を見やると、彼女は真っ直ぐに高明を見返していた。

「え?」

「鬼になど決してならぬという自信がございますか?」

 もう一度はっきりそう言った花巻の瞳は、怖いほど真剣だった。

「ああ、ある」

 大きく頷きながらそう言うと、彼女は少しだけ微笑む。

「……そう仰るだろうと思っておりました」

 主人思いの女房に、高明も微笑み返す。

「本当に一人でお出かけになるのですか?」

 仕方があるまい、と高明は肩を竦めて見せる。

「そんな刀では鬼は斬れません」

高明は知っているよ、とでも言うように笑って見せる。

暖かい笑顔を浮かべながら、門の向こうに消えて行った青年の背中が、花巻には少しだけ大きく見えた。

 花巻は、大袈裟に嘆息する。

「……世話の焼ける方々ですこと」

「……やはり助けには行かないのですか?」

 声をかけられた水月は、近づいて来た女房に顔を向ける。

「お前までそんなことを言うのか?」

「何を恐れておいでです?」

「……恐れる? 私が恐れるような物があると?」

「水月様が強いことは私もよく知っております……」

 その強さは、少女を孤独にしたが、それでもその強さがなかったなら、この少女は今まで生きて来られなかっただろう。

「あんな人間は初めてです。水月様の力や、瞳の色を見ても怖がりませんもの。高明様は、典正様のためではなく、水月様のために助けに行かれるのだと仰りました。花巻は、高明様は他の人間とは違うと思っております」

花巻は潔いほどきっぱりと言った。

「それに、水月様。ただの人の身で、鬼に立ち向かうのは簡単な覚悟で出来るものではありません。何もできない人の身で、あの時、怪我をなされた貴女様を護ろうと必死になってくださったではありませんか。その高明様をお疑いになるのですか?」

瞳の奥にいつまでも離れない青年がいる。勝てぬことは分かっても、それでも向かっていく強い背中。

―――――信じてください! 水月殿!

澄んだ瞳の奥に偽りなどあるはずがない。

彼の弁解を聞き入れもしないで、友人達の言葉を信じた。

差し伸べられた手を跳ね除けたのは自分ではなかったか? 信じられなかったのではない。信じなかったのだ。

彼の瞳の光に気付かないふりをした。裏切られるのが怖かった。その瞳がいつか蔑みに変わるのが見たくなかった。人はいつか裏切る、だから信じなかった。

人など信じない。そんなの言い訳ではないか。

(……私は……逃げたのだ……)

自分を認めることから。彼の誠意から。自分の運命から。誰よりも自分を蔑んでいたのは他でもない、彼女自身だった。

「……そうだな、彼は何も悪くない。むしろ……」

「水月様」

花巻は表情を緩めると、水月を覗き込んだ。

「申したでしょう? 花巻は信じておりますわ。この世は、そう捨てたものではないと。まだ水月様が生きる価値のある世界だと、花巻はそう信じております」

 水月は静かに頷く。

 嘆いてばかりいた。闇ばかり見つめていた。差し伸べられた手を跳ね除けて、独りが楽だと自分に言い聞かせて。いつでも月は、自分を照らしていてくれたのに。

「花巻、『疾風』を用意してくれないか」

 満開の頃を過ぎた桜が、ゆっくりと風に流されながら二人を見守っていた。

  

 

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