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【八、禁色の鬼】

 松明が煌々と辺りを照らしている。館中がピンと糸を張り詰めたように緊張していた。厳重な警戒態勢を敷き、今か今かと物の怪が現れるのを待っているのだ。

黒い雲が広がり、気味の悪い晩である。心の不安を表すように不気味な風が吹いている。

 護衛を申し出た高明を、典正は『光の君』様の申し出ならば、と快諾した。

塗篭という壁に囲まれた部屋で、典正は小さくなってガタガタ震えている。

「典正殿、お気を確かにお持ちなさい」

 高明の声が届いているのか、いないのか、典正は相変わらず縮こまって震えているだけだ。

 突然、ゴウッ、と突風が吹き荒れた。

御簾や几帳が吹き上げられる。

突風に袖で顔を覆った。

闇が満ちる。重い空気。生臭い妖気。

自分の体が重たくなったように感じられる。

「ひぃぃ……」

 典正が情けない声を上げている間に、高明は剣を構えていた。

「何者!」

 刀を構えながら、高明が叫ぶ。

 闇が密度を増し、凝縮し、だんだんと形を帯びてくる。

らんらんと紅く輝く瞳は、血に飢えた獣そのもの。

「た、た……助けてくれ!」

 影となった闇は、長身の男だった。禁色の胞を纏っている。

「貴様、あの禁色の……」

 高明の言葉に、影はどうらや微かに口の端を吊り上げたようだった。

『お主に用はない。その恐怖に震えている男。その恐怖を貰いに参ったのだ』

 指を指されて、典正はひき蛙のようにわめき声を上げる。

「典正殿に何をした!」

 男は愉快そうに喉を鳴らす。

『そやつ、全く役に立たぬ男でな。妹君を嫌っておると申す故、今しばらくは生かしておいてやったのに……実につまらぬ。しかし、もうよい。そやつはもうすぐ鬼となるのだ』

「何てことを……!」

『ククク……。私のせいだと申すのか?』

「当たり前だ!」

『違うな。この男は恐怖に負けて、己の中に鬼を宿した。私は力を貸しただけ』

「ふざけるな!」

 高明は刀を握りしめ、男に斬りかかった。

『邪魔をするな!』

 男の手から無数の闇が固まりとなり、高明の方に伸びてくる。

 伸びてきた闇を刀で斬りつけても、闇は無くなるどころか、ますます高明の方へと忍び寄って来る。じわじわと迫ってきた闇が、高明の足を捕らえ、両腕の自由を奪う。

 鬼は、弱い動物をいたぶる獣のように紅い目を輝かせている。

「くっ……」

 闇は、高明の両手両足を縛り上げ、完全に身体の動きを封じた。

 首に巻きついた闇が、高明をぎりぎりと締め上げる。意識が遠のく中、闇に光る紅い瞳だけがやけにはっきり見える。

『馬鹿なことを。大人しくしておれば、もうしばらく生きていられたというのに……』

 その刹那。

 風が変わった。

禍々しい気配ではない。これは、月光の―――。

「破邪!」

 闇の中を澄んだ声が響き渡った。

 すぐに闇は高明を放し、逃げるように男の元へと戻って行く。

 自由になった高明はその場に倒れこんだ。急入りこんできた空気で、ヒュウヒュウと喉笛が鳴る。素早く置きあがることは出来そうにない。

 息を整えながら見上げると、白い姿がそこにある。

「縛!」

 水月が投げつけた札が、闇に命中する。凝り固まっていた闇は途端に拡散し、男は苦しみに身体を掻き毟りながら悶えた。

「浄!」

 その一声で、人の形をした影は、バタリと床に力を失った。

「やった……」

 高明が胸を撫で下ろしたのもつかの間。

『ククク……! アーハッハッハ……!』

 狂ったような笑い声が闇を包み込んだ。倒れていた男がゆっくりと立ち上がる。それは既に人の形を失っていた。

 鬼だ、その姿はもはや鬼そのものだった。

『煩わしい小娘が……邪魔をしおって……』

 鬼は憎々しげにそう言うと、凄まじい勢いで水月の横をすり抜ける。

「しまった……!」

 突風に黒髪が吹き上げられる。

 鬼は、屋敷の築地を飛び越え、屋敷の外へと逃げて行く。

「待て!」

 急いでその後に続こうとした水月は、何を思ったのか、立ち止まった。

「兄上……」

 静まり返った屋敷に、ひゅうと風が吹きぬける。

 震えてばかりいる男に、水月は言った。

「許したわけでは、ありませんから」

 そう言い終わると、水月は急いで何かを高明に投げつけた。

「高明殿、これを!」

 投げられた物が、高明の手に納まる。

「これは……」

「妖刀『疾風』です。速く!」

 見事な飾太刀は、高明の手にしっくりと馴染む。

「ええ!」

 高明はそのまま水月の後に続いた。

 

 

 典正の屋敷の馬に跨り、二人は闇夜を駆け抜けていた。いくつもの大路を駆け抜け、水月の指示通りの方向へと馬を走らせる。ひっそりと静まり返った都に、蹄の音が軽快に響いている。

「水月殿、この刀は?」

 走りながら、己の腕の中で闇を見据えている水月に尋ねる。

「妖刀『疾風』です。屋敷にあった物です。その刀ならば鬼を斬ることが出来る」

「いや、何故私にこれを? 今まではあんなに頑なに……」

 水月が闇の向こうを指差した。

「……私は、ずっと気付かぬふりをしながら、逃げていたのです」

 再び失うくらいなら、初めからない方がいい。

 だから、青年の真っ直ぐな瞳から目を逸らした。

 突然、大人しかった馬が戦慄いた。

 高明が手綱を引いても、馬が嫌がってどうしても前へ進まないのだ。

 仕方なく二人は馬から降りる。高明が馬の腹を叩いてやると、馬は来た道を真っ直ぐに帰って行った。

 見上げれば、闇に聳えるのは、羅城門。あまりに巨大なその姿は、見る者の心に畏怖の念を抱かせる。霧に包まれた姿は、曖昧で気味が悪い。

『愚かよなぁ。愚かよなぁ……』

嘆きにも似た声と共に闇からぬっと現れた影があった。

返り血を浴び、朱色に染まった血色の鬼。食いちぎられた哀れな人間の手足が、鬼の足元に散らばっている。そして血に飢えた瞳。

『人間とは、哀しき物よなぁ。なぁ、夜叉姫、人など下らぬなぁ』

既に人であったという欠片さえ見出せない鬼からは、何の感情も読み取ることが出来ない。いたずらに鋭い瞳だけが輝いている。

 風が吹きつけ、水月の豊かな髪を吹き抜けた。

「確かに、人とは愚かな生き物よ。物の怪の方がよほど潔い」

 そして冷たい言葉とは裏腹に、水月は艶やかな笑みを見せた。

「でも、今しばらくは。今しばらくは、人でいようと思うのだよ」

 白い衣が月光を受けて輝くと、水月は意を決した瞳で鬼を睨んだ。

「破っ!」

 水月が投げつけた札を、鬼が避ける。

そこに斬りつけたのは、高明だった。刀を振り下ろせば、青白い稜線が闇に浮かび上がる。

『グウゥゥゥ』

しゅうしゅうと鬼の傷口から白い煙が出た。

(これが妖刀『疾風』……)

 高明は己の手に収まっている刀をもう一度見た。何の変哲もないように思えるその刀は、月光を浴びると微かに不思議な色を反射する。

『邪魔をしおって……!』

 鬼の鋭い爪が、高明に伸びたその時。

「浄!」

 闇に澄んだ声が響き、ボッと燃え上がる焔の音が聞こえる。

暗い羅城門が明々と照らし出された。

『グアアアア!』

 朱色の焔の中、めらめらと黒い影が揺らめく。

 既に焔は空を焦がしそうなほど燃え上がっていた。

 形さえ失った鬼の声が、地響きのように聞こえてくる。

『おお……! 憎い……憎いぞ、憎い。全て滅ぼしてくれる!』

 水月が、すっと手刀で空を切ると、焔の勢いが弱まる。

「名は……お前、名は何と言う?」

水月のその言葉は、もしかしたら、彼女なりの最後の情けなのかもしれなかった。己を失って鬼と化した者への。そして鬼となって消えて行った数え切れない人間達への。

『名など忘れたわ! 復讐せずにいられるものか! 我をここまで追い込んだ者達に!』

「復讐のために鬼となったか……」

『そうよ。怒り狂って悶死したのだ! しかし、それももう昔の話。怨む相手はもう呪い殺してくれたわ! それでも怨みは尽きぬ……都中の人間達を呪い殺してくれるまで、この怨みは尽きぬのだ!』

 燃え上がる炎を見つめながら、水月は静かに呟く。

「そうか……。人とは――哀しきものよな

 自分の言葉が闇に解ける前に、水月は懐から札を取り出した。

 その時、すっと水月の隣に並ぶ姿があった。振り返れば、刀を構えた高明が水月と肩を並べている。

「少しだけでも、肩の荷が軽くなるでしょう?」

 信じられないほど優しくて、強い瞳をした青年。

水月はそっと目を閉じる。心は不思議と静かだった。

「滅! 燃え尽きろ。怨念の微塵も残らぬように……」

 焔が燃え上がり、紅蓮の焔が天を焦がす。

黒い影がもがくことはもう無かった。

炭と化した塊は、ドサリと崩れる。

 鬼の怨念を燃やし尽くした炎は、明々と燃え続ける。

「もしかしたら、一番恐ろしいのは人間なのかもしれませんね……」

 水月は、目の前の焔を気にも留めずに空を仰いだ。

燃え続ける炎など知らぬ気に、月は変わらず天空に輝く。

雪のように冷たい月光だった。

「だから、月光が降り注ぐのですかね」

 呟いたのは、高明だった。

夜は更けていく。

 天を焦がした焔は何時しか消え去り、月の光は柔らかに、平安の闇を照らしていた。

【九、月光】

荒れ果てた屋敷の前で、男は優しい笑みを浮かべていた。

独りでに門が開き、そこで高明を迎え入れたのは、凛とした百合のような人。

 永遠にそこに咲いているような満開の桜が目に入ったが、そんなことは高明にはどうでもいいことだった。

「禁色の鬼を『夜叉姫』が操っていると思いましたか?」

「いいえ」

 突然の問いを、高明はきっぱりと否定する。

「いくら『夜叉姫』とて、人を食らったことはないのです。信じますか?」

「ええ。信じます」

真摯な眼差しに、水月の表情が和らいだ。感じたことのない不思議な気持ちだった。穏やかで、ほろほろと暖かくて、その中でずっと眠っていたくなるような。

泣きながら待っていた。泣くことすら諦めていた。差し伸べられた手に気付きもしないで、ただ闇だけを見つめていた。

差し伸べられた手を掴むのは、案外簡単なのかもしれない。

恐れずに進めばいい。その手を信じればいい。

信じることは勇気がいるから。

「……信じましょう」

 高明は嬉しそうに微笑んだ。

 

 

*   *   *   *

 

 

 

「慶子、久しいね。変わりないかい?」

 いつもの彼の笑みから、慶子は思わず目をそらした。

 何故、この人はこんなに優しく微笑むのだろう。どうして疑ってすらくれないのだろう。

「ええ……」

「どうした? 元気がないね」

「そんなことはありませんわ……ただ、もう、何も信じられなくなってしまったのです」

 信用など出来ない。

彼の幸せを願っていたのではなかったか? こんな優しい人に、自分は一体何をした? 彼はまだ、微笑んでくれているというのに。

「……自分すら信用できません」

文をしたためた時、寒さに震えた。心が冷えていく。何と恐れ多いことをしているのだろう。そして――

『お前が一番信用出来ない』

 もう一人の自分がそう呟いた。

 彼の幸せを願っていたのではなかったか? その幸せを、自分は壊そうとしているのだ。

「私は、気にしていないよ」

「え……?」

 ドクンと心臓が鳴る。知っているのだろうか。知っていながら、彼はこんな笑顔で微笑むのだろうか。

(まさか……まさかそんな……)

 だとしたら許せない。そんなに優しい彼の気持ちを踏みにじって黙っていた自分など。

 でも、許せない。それでも知らずにいてほしい、と願う卑怯な自分など。

「高明様……私は……」

「私のことを心配してくれるのだろう? 知っているよ。慶子はとても心配性だから」

 優しすぎる言葉に、目頭が熱くなった。こみ上げてきた物で、彼の笑顔がよく見えない

選ばれなかったことへの悲しみの涙ではない。己がしてしまったことへの、そしてそれでも優しく微笑んでくれる優しい人への、涙なのだ。

「……私は、高明様を酷いお方だと思っておりました」

 まだ十三の時。『光の君』の浮名が流れ始めた頃のことだ。多くの姫と文を取り交わしていながら、少しも楽しそうな顔をしない。きっと、彼は本気の恋が出来ない。涼やかな顔をして、何と酷い人なのだろう、そう思っていた。

「でも、ある時気づいてしまいましたの。高明様は、いつも天空の月を見つめていらっしゃいました」

 気付いてしまった。きっと彼は、寂しいのだ。

 そんな彼に気付かずにいられたら、あるいは自分はこうまでこの人に惹かれずにいられたのかもしれない。

「どんなに足掻いても月になれぬ私は……悔しかったのかもしれません」

「月になど、望んでなるものではないよ」

 月は美しいけれど。天空にたった一つで輝くのは、寂しいかもしれないから。

 ―――――高明殿にはもう一つ、やって欲しいことがあるのです。

 誰の心にも闇はあり、人は心に鬼を宿す。愚かな人間は人を怨み、妬み、恐れ、蹲るだろう。

 ―――――それでも信じることです。教えてくれたのは、貴方ですから。

「私、高明様が好きだったのです……ご存知でした?」

「ああ」

「酷い方ね」

「ああ、そうだな」

慶子は小さく微笑んだ。

これでいい。これでいいのだ。後悔はない。彼の一番の人は自分ではないけれど、自分の居場所はここにある。今日もここで微笑んでいられる。切ないくらい幸せなのだ。

「高明様、お幸せに。私、心からそう願っておりますわ」

「ああ。お前ならそう言ってくれるだろうと思っていたよ」

 

青空には白い月。

 寂しくはない。

月はまた闇夜に輝くだろう。そして、あの人を照らすだろう。

 その横にいるのは、自分であって欲しいと思う。

 

 

もう雲間に月を探すことはない。

微かな月光が、この胸に宿っているうちは――――。

 

〜完〜

 

 

 

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