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ねぇ、夢でもいいのです

いつかは覚めてしまう儚い夢でも構わないから

夢でもいいから

傍にいて――

 

暁時に見る夢は、いつも切ない―――

 

桜の頃だった。

ひらり、ひらりと舞い散る桜を見つめる男女がいた。白い狩衣姿の女と、直衣姿の男。

「儚いものですね」

 女は、思うところがあるのか、舞い散る桜に女は悲しそうに目を細めた。

「美しい……」

「ええ、春は桜だと申します」

 男は、嫣然たる笑みを浮かべる。

「いえ、貴女が」

呆れた顔をした女だったが、揶揄を含んだ艶やかな笑みに変わる。

「どなたにもそう言うのでしょう?」

「否、私は――」

 言いかけて、澱んだ。何と言っても言い訳にしか聞こえないようだった。

 どんな姫も、彼女一人には敵わない。いや、自分はずっと、闇夜に彼女だけを探していたのだろう。

 ひらりと桜が舞った。

 

 

 闇に、緑の黒髪が波打っている。華やかな着物をしっとりと着こなした貴婦人だった。切れ長の瞳には、知識の輝きがある。焚きこめられた香。くっきりと紅を塗った唇が悩ましい。その妖艶さに見る男の目を離さないだろう美女だった。

「そういえば、光君の姿を最近見ませんわねぇ」

 どこからか女房の声が聞こえてきた。何と不注意な女房か、と女は眉を顰める。

「ええ、お可愛そうに……光君のお足が遠のいてから、もう随分経ちますわね」

 御簾の陰で、貴婦人はぎりりと唇を噛みしめた。

 あの春風のように通り過ぎていった若者の笑みが頭に浮かんできた。突然、春の日に屋敷にやってきた年下の彼に、自分はあろうことは簡単に心を奪われてしまった。美しい顔に、いつも悲しげな瞳をして、誰にも心を囚われる事のない光輝く青年。女の賢い才も、彼の前では何の役にも立たなかった。

いつかこうなることを分かっていても、それでも惹かれずにはいられなかったのだ。

『私はね、姫君、ずっと月を探しているんだよ。私だけの月を、ね』

『それが他の姫君達のところへ行く口実ですの? まあ、憎らしい』

 青年は薄く笑っただけで何も答えなかった。

「あら、でもこの都に、うちの姫様ほど光君に釣り合う方はいないはずですわ」

姫は、女房の声に、再び現実に引き戻された。

「そうよね、身分も、器量も、和歌の才も、うちの姫様に敵う人なんて、どこにもいないもの」

「でもねぇ……ほら、最近、光君の浮いたお話もなくなったでしょ? それはね、どこかの卑しい女のせいだというのよ」

「その話――」

 すっと御簾から女人が姿を現す。

 女房たちはその場にひれ伏した。

「その話、もっと詳しく聞かせなさい」

 

 

桜を見ていた女は、急にぐったりと力を失った。倒れそうになった体を、男が咄嗟に支える。

「水月殿!」

 女は何度か首を振り、支えていた男の体をぐいと突き放した。

「いえ、何でも……」

「何でもないはずがありますか!」

 男はそう言いながら、女を抱き上げた。ひょいと抱えられてしまった女は、なす術もなく男の腕の中でおとなしくしている。

「顔色が優れませんね。昨夜も遅かったようですし、無理をしてはいけませんよ」

「高明殿」

 心配そうな顔が水月を覗き込んだ。

「あまり酷い事をなさってはいけませんよ」

「酷い事?」

 キョトンとしている高明に、水月が続ける。その顔色は、気のせいかいつもより血の気が失せているように見える。

「とても苦しんでいる女がおります」

「私を疑っておいででなのですか?」

 怖いほど真剣な高明の瞳の奥を見つめ、水月は首を振った。

「遠くで……女の、笑い声が聞こえます」

「呪詛を受けていると……?」

「呪詛というよりも……これは――おそらく生霊です」

 そう言う水月の顔色は、ますます青くなっていくようだ。

「どうにかして、払うことはできないのですか?」

「姫君だったらいかがします? 払うのは簡単ですが、そんなことをすれば、相手もただではすまない」

「しかし、それでは水月殿が……。他に何か分からないのですか?」

「白檀の香りが……」

「白檀の……」

 そこで水月は力を失った。

豊かな黒髪がファサリと崩れ落ちる。

 高明が呼びかけても、彼女はぐったりとしたまま答えなかった。

 

 

 一人の男の訪問によって、その屋敷は騒然となった。女房たちは忙しそうに走り回り、辺りに華やいだ雰囲気を振りまいている。懐かしい日々が脳裏に蘇り、男は少し前の自分をまるで別人のように思い出すのだった。

「まあ、騒がしいこと」

 そんな中、姫は、悠々と高明を迎えた。

 趣味のいい調度品の数々。御簾の中の衣擦れの音。ほのかに香る白檀の香り。御簾を隔てて交わした歌の数々。折々の花を詠み込んだ紙には、微かに姫の香りがした。御簾から流れ出る艶やかな単。戯れに求め、求められた。しかし――それも、昔の話。

 御簾の前にかしこまった男は、不躾に姫に話しかけた。

「生霊は……貴女なのですね」

 ホホホと御簾の中から笑い声が響く。

「何のことです? 久しぶりにお姿を見せてくださったと思ったら、何のお話をなさっていますの?」

「姫君」

「貴方はお変わりになったわ。そんなまっすぐな瞳、わたくしに向けることなんてありませんでしたのに」

 そう、この青年は、決してこんな瞳をすることはなかったのだ。

整いすぎた端整な顔で、少しだけ悲しそうに笑うのだ。そして、どんなに微笑んでも満ち足りることのない乾いた瞳で自分を見つめたではないか。その腕も、胸も、全てが自分のものであったというのに。

 あの青年は何処へ行ったというのだろう。すっかり消え失せてしまったと?

「困りましたわねぇ、光君」

「憎らしい人だ」

「一つだけ方法がありますわ。あの時と変わらず、私のもとへ足しげく通ってくださいませ。さすれば、怪異も収まるやもしれません。あの時の、そのままの貴方にもう一度お会いしとうございます」

「私があの時とは変わってしまったというのに、今更、昔の思い出に浸って何の意味がありましょう」

「光君、それでも貴方はここへいらっしゃるはずですわ」

 男は、その場を後にしようと腰を上げる。

寒々しい思いに、姫は引き止めるべく御簾に手を伸ばした。しかし、その手も空で止まる。

 昔の初心な姫ならいざしらず、ここで引き止めてどうなるというのか。もう、自分には、彼を泣いて引き止めることなど出来はしないというのに。彼が昔の彼でないように、自分ももはや昔の自分ではないのだ。

「卑しい――女なのでしょう?」

 男の背中が闇の中に止まる。

 冷たい瞳がふり返った。

 これが、かつての光君とは思えないほどの凍てついた瞳だった。自分を見下しているのだろうか? それとも、哀れむとでもいうのか? この自分より、卑しい女の方がいいと?

「貴女の方がよっぽど卑しい」

 ああ――。

自分が愛した光君は――。

「明日、また参ります」

 そう呟くと、男の影は立ち去った。

 一人取り残されて、これでよかったのか、と思う。そして、これでよかったのだとも思う。

 あの若い腕にすがり付いて、泣けばよかったではないか。否、そんなこと出来はしない。

あの瞳に捨てないでと哀願すればいいではないか。否、そんな願いが聞き入れられるはずがなかろう。

あれは、優しい笑顔を分け隔てなく降り注いだ光君ではない。輝くほどと噂されたその美貌はそのままに、あの青年はいつの間にか一人の大人の男になったのだと思う。

あの人を変えることの出来る姫など、この都中いるはずがないと信じて疑わなかったあの頃。彼が他の姫の所に行っても構わなかった。だって、彼の心には誰もいなかったから。でも今は――。

あの青年が、一人の姫に微笑むのは我慢がならない。

 女はギリリと唇をかみ締めた。

 そら寒い思いが体を駆け抜け、そのまま空へと上って行った。 

 

 

 

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