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「高明様〜〜っ」

「高明様ぁ〜〜っ」

 渡殿を歩く高明の元に、二人の衵姿の童女がパタパタと走り寄って来た。

「藤波、松波。お迎えご苦労様だね」

 驚くほど良く似た二人は、顔を見合せニコリと笑った。肩の辺りで切りそろえられた髪が、童女の動きに合わせてさらさら揺れる様が愛らしい。

高明は、良く似た二人を見間違えてばかりいるが、松波と藤波は、花巻と同様に女房としてこの屋敷に仕えているという。

「高明様、絵巻を読んで」

「絵巻を読んで」

「こらこら、これから水月殿のご様子を見に行くのだから、邪魔をしないでおくれね」

 優しく諭すと、二人の童女は同時に頬を膨らませた。

「絵巻は今度読んでさしあげるよ」

「本当に?」

「約束よ?」

「ああ、勿論」

 頭を撫でてやると、二人は嬉しそうに微笑んで、また何処かへと走り去って行った。

 蔀戸の上げられた部屋に入ると、水月が何をするでもなく、座って外の風景を眺めている。

「お加減はいかがですか?」

 水月はニコリと微笑む。水月だからこの程度で済んでいるが、もし彼女が力のない普通の姫だったらと思うと、ぞっとする。

 隣に腰掛け、気遣わしそうに水月を見る。

「水月殿、今しばらく待ってください。必ず、この高明がお救いいたしますから」

 水月はしっかりと頷く。

「ひどく貴方を想ってくれる方なのですね」

静かで、どこか羨ましそうな声だった。

「もう、昔の話ですよ」

ふと笑う。

 昔の出来事が思い出される。華やかだが、寂しかった日々。多くの姫君の相手をしながら、それでも、天空に輝くたった一つの月を求めて止まなかった。水月に会わなかったら、きっと高明は今もそうして空しい日々を過ごしていたに違いないのだ。

 本当に、得がたい姫だと思う。

 目の前では、時の流れを告げるように桜が散っていくけど、こんな時間が永遠に続いたらいい。

「昔……花を戯れに手折ったことがあります」

年上で、気位の高い姫君。美貌も和歌の才も、彼女の右に出る者はいなかった。

こんな話なら、私にはいくらでもあるのです、と高明は薄く笑う。

「こんなことを言えば、誰より大事な貴女に嫌われてしまうから、だから言えなかった。否、言わなかった。……ずるい男でしょう?」

 本当の自分を知ったなら、この人の自分を見る眼が変わってしまうのではないか、そんな不安はいつも胸の内にある。真っ白な心を持ったこの人は、穢れた自分などには勿体無い。それでも、諦めることなど到底できはしない。得がたい姫だからこそ、失いたくない。

「水月殿、貴女に出会えて本当によかった。私はとても酷い男だから――だから水月殿、どうか側にいてください」

 水月は何も言わなかったが、ふっと優しく微笑んだ。桜の花びらさながらに。

 無言の水月の言葉が分かったようで、高明も思わず頬が綻ぶ。彼女はいつもこんな時、口癖のように言うのだ。暖かい笑みを浮かべて。

 ――――貴方はやはり、お優しい。

 外を見つめたまま、水月は呟く。

「彼女はきっと、恐ろしいのでしょう」

 すっと立ちあがり、水月はそのまま高明を残して渡殿を歩いて行く。

隣に彼女がいないというだけで、どこか寒かった。

 眼前では、見事な桜が散っていく。

 あの姫は、何が恐ろしいというのだろうか。自分が悪戯に手折ってしまったあの可愛そうな姫は――。

それにしても……。

「私はいつも貴女だけを思っているというのに……」

 いつになく愚痴っぽく独り言を呟いてみる。

 この屋敷に来たばかりの高明だったら、水月の笑顔を見ただけで、満足していたに違いない。しかし、欲は留まるところを知らず、笑顔が見られれば次は言葉が聞きたくなる。

「まぁ、よくもそんなことが言えますわねっ」

 感傷に浸っている高明の横に、頬を膨らめた藤波と松波が立っている。腰に手を当てながら、四つの円らな瞳が高明を睨んでいる。この屋敷の女房達は、どんなことがあっても高明よりも水月の味方になるという忠義者達ばかりなのだ。

「高明様から香る微かな白檀の香りに気付かない水月様ではありませんのよっ」

 頬を膨らましている二人の童に、花巻が声を掛けた。

「藤波、松波。高明様は水月様を救おうとして姫のお屋敷を訪ねたのですから、そう目くじらを立てるものではありませんよ」

「だってぇ……」

 納得がいかない様子の二人に、高明は優しく微笑んでやった。

「大丈夫だよ。水月殿は、私が必ずお助け申し上げる。必ずだ」

 童女は、頬で切りそろえられた髪を揺らして、コクリと一つ頷いた。

 

 

 そこは、見慣れた屋敷とは違っていた。趣味のいい調度品が並べられている。

夜の帳が落ちた屋敷の中は、幾つかの燭台の明かりに照らされて、闇に浮かんでいた。

(……ここは?)

立ち込める白檀の香りが鼻に付く。

「姫君――」

はっと御簾の向こうに目を凝らせば、ほの暗い明かりが男の姿を照らしていた。闇の中でさえ、輝いている高貴な姿。それは、宮中の話題を独占している光君。彼が屋敷を訪れるようになってから、二月が経っていた。初めは、若者のただの気まぐれよ、と鼻にもかけなかった自分だったが、輝かしいまでの美しさに、そしてその比類なき和歌の才に、姫はだんだんと惹かれていったのである。

これ以上想いを寄せてはいけない、そう分かっていながら、それでも心を止めることは出来なかった。自分を抱くその胸に、真の自分への想いなどどこにもないと知っていながら、彼を許し、彼を受け入れた。

彼の春風のように暖かい微笑みは、姫の心を暖かく照らしてくれる。この御簾の中に閉じ込められていても、この人がいてくれるなら構わない。

しかし、それももうすぐ終わるだろう。光君が屋敷を訪れる間隔も、だんだんと長くなっている。この優しい男は、そっとその場を去るだろう。まるで過ぎ去ってしまった春風のように。そして二度とは戻らない。自分はもうすぐ、小娘達のように捨てられるのだ。

(……何だ? 姫の意識の中に入っているのか?)

 水月は、今姫の目を通して物を見、そして姫の感情を共有している。不思議な感覚だった。目の前にいるのは、あの高明だというのに、いつもとはまるで別人のように目に映るのだ。

 すっと男が立ち上がる。

「あ……」

 行ってしまう。彼は何も言わずに。かつては、あの若い腕は自分のものだったというのに、その自分に声さえかけずに――。

 行ってしまう。行ってしまう。

「ああ―――」

 姫は、御簾を払いのけることさえできずに、その場に崩れ落ちた。

 男の姿は既にない。

風が吹きぬけ、御簾を揺らした。

これほど思っていることを、どうすれば伝えることができよう。これほど悲しんでいるということを、どうすれば……。否、あの若い青年は、あっという間に、自分とのことなど忘れてしまうに違いない。かつてのことなど、まるで暁に見た夢のように忘れてしまうのではないか。

「光君……」 

 轟々と、闇が唸った。

 

 目を開けたそこは、確かに自分の屋敷だった。ひんやりと自分の汗が冷たい。悪い夢でも見ていたのだろうか。

 起きあがると、いつもより幾分か身体が重く感じる。

(そうか呪詛を……)

 水月にとって、この呪詛はそう辛いものではなかったが、煩わしいものではあった。しかし、それよりも気になるのは、呪詛を掛けた女のこと。ただ人の身に、これほどの呪詛が出来るものだろうか。

 それほどに強い想いを、水月は知らない。

「水月様」

 体を起こしただけの水月のもとに、花巻がやって来た。

「珍しいこともあるものですわね。水月様が寝過ごされるなどと……」

 気付けば、辺りはすっかり明るくなっていた。いつもは暁前に起きる習慣がある。こんな時間まで眠っていたことはない。

「水月様、お身体の具合が悪いの?」

「何処か痛いの?」

 走り寄って来た童女達も気遣わしげに覗き込んだ。

「何でもないよ。ほんの少しだけ体が重いだけだから」

「術を返してしまえばいいのに」

「そうよ。水月様、可愛そうだもの」

 水月は、桜色の唇を歪める。

「私が術を返せば、あの哀れな女は死んでしまうんだよ」

 人の想いはどうにもならぬもの。どうにもならない想いを、無理に曲げようとしては、どこかで綻びが出てしまう。

誰も傷付かずに生きる術はないものか。いっそのこと、想いが色に見えればいいものを。

どこかで鳥が鳴いていた。

 

 

「姫君、光の君がいらっしゃいました」

 彼は、約束通りに毎晩現れる。

ゆったりと現れた姿に、姫はほぅと思わず目を細めた。

いつ見ても、その姿に心が温まる。たとえその心に、誰がいようとも。

「姫君」

 女房達がいなくなったのを見計らって、低い声が聞こえてきた。

「もうお止めください。貴女が呪詛している方は、呪詛など簡単に返すことができる人なのです。それでも今まで貴女のことを思って、術を返さずにいたのです。術を返されれば、姫君、貴女だってただでは済まないのですよ」

 ホホホホホ。狂ったような笑いが響く。

「可笑しなことを。私のことなど気にかけずとも――」

 ぬっと男の腕が御簾をたくし上げた。

「っ! 光の君?!

 御簾をくぐり抜けそこに現れたのは、まぎれもない。

「光の君……」

 あの頃と少しも変わらぬ瞳で、彼は姫を見つめた。

「何が望みなのです?」

 怖いほど真剣な瞳が向けられる。

 だめだ。

 そんな瞳で見つめられては。

 穢れを知らぬ、青年の瞳で見つめられては。

 ああ――。

だって、ずっと……ずっと分かっていた。

「貴方のお心を私のものに」

 欲しかったものは、決して手に入らなかったもの。その腕に抱かれなながら、狂おしいほどに彼の心が欲しくてたまらなかった。

自分の名を、その人の心に刻みつけられたらどんなにいいだろう。

 我知らず、涙が流れ落ちた。

 それを見た男の雰囲気が急に和らぎ、その指が頬の涙を気遣わしげに払った。

「そうでした……。貴方様は、悲しいほどに優しいお方だった」

 いつかもこんなことがあった。帰らないでほしいと泣いた自分を気遣って、この優しい男は黙ってここにいてくれたのだ。

 優しすぎる人だから、もし自分が泣いたら、この人は困って言うことを聞いてくれるだろう。だから、泣くわけにはいかなかった。

「貴女には酷いことをしたと思っております。今、私の心には、一人の姫がいるのです。だから、どうしても貴女の想いには答えてさしあげられない」

 姫は、す、と男に体を寄せた。懐かしい、香の匂いがする。

「人の想いはどうにもならぬもの。姫君、私は――」

「私を……以前私を、得がたい姫だと仰ってくださった。その気持ちは、まことでございましたか? 嘘偽りのない、心からの言葉でございましたか?」

 彼は、穏やかに笑う。

「ええ。ええ、貴女ほど美しく、才に溢れた女性はこの平安の都に他にない。今でもそう思っております」

 その言葉に、ふふふ、と姫は力なく笑うのだった。

「ずっと分かっておりましたの」

「姫?」

 刃物が、月光を映してぬらりと光った。

 そして次に目の前を被ったのは、赤い――鮮血。


 

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